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児相に保護されている児の診察をめぐる法的責任

No.5085 (2021年10月09日発行) P.56

久保健二 (福岡市こども総合相談センターえがお館 こども緊急支援課課長/弁護士)

登録日: 2021-10-12

最終更新日: 2021-10-07

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児童相談所に収容されている児を診療しています。後日追加診察が必要な場合,職員に「可能であれば再診」を指示していますが,実際は退所等で診察できないことも多々あります。親が児の健康に責任を負えないため収容されており,また親を巻き込むことは医師としても希望していません。こうした事例で追加診察ができず悪化した場合,法的責任の根拠はどのようになるのでしょうか。また,親がクレームをつけてきた場合,児相職員やクリニックはその責を負うのでしょうか。(千葉県 H)


【回答】

 【必要な処置をとっていれば,医師に責任は認められない】

一時保護は,児童相談所(児相)長の権限(児童福祉法第33条第1項)に基づき強制的な処分として行われます。児相は,感染症り患の有無など集団生活の可否を判断するため,原則一時保護の前に,緊急のときはその後に速やかに子どもに健康診断を受けさせます(厚生労働省通知)。

そこで,ご質問の「診療」とは,児相が行う健康診断(診察)を指すものとして,また,診察のみで刑事責任を問われることは稀だと考えるため,「法的責任」は民事上の責任として検討します。

児相長の権限で一時保護される子どもの診察は,児相がなすべき業務の一部であり,これを委託された医師が実施しているものと考えられます。そうすると,診察に起因して損害(子どもの健康状態の悪化)が生じたときは,当該医師を「公務員」として,児相を設置する自治体が国家賠償責任(国家賠償法第1条第1項)を負うか,そうでないとしても当該医師が不法行為責任(民法第709条)を負うことが考えられます。いずれも,当該医師の行為(診察)に「故意または過失」が認められることが要件のひとつであり,国家賠償責任では,当該医師は「故意または重大な過失」があったときに当該自治体から求償される限りで責任を負うにすぎません。

ここでは,「過失」の有無が問題になると考え,この点について検討します。

「過失」の有無は,客観的注意義務(具体的には,損害発生についての予見可能性と回避可能性を前提とした回避義務)に違反しているか否かによって判断されます。

一時保護される子どもの診察は,厚生労働省がその検査項目を詳細に定めていないため,各自治体において設定されている検査項目に沿って,集団生活への支障の有無を主とする子どもの健康状態の良否につき現在の「臨床医学の実践における医療水準」(医師の診療にかかる注意義務の基準に関する最高裁判例)に基づいて行うことになります。

そして,医師が設定された検査項目に沿って,現在の「医療水準」に基づいて診察した結果,子どもの健康状態を悪化させる兆候が認められなかったのであれば予見可能性はなかったと言えるし,また,その兆候を認め,子どもの健康状態の悪化を回避するのに必要な処置をとったのであれば回避義務を果たしたと言えるため,客観的注意義務違反は認められません。

ご質問では,設定された検査項目に沿って(現在の「医療水準」に基づくか否かは不明ながら)診察したものと思われます。そして,少なくとも追加診察の必要性を指摘して,児相職員に「再診」(当該医師の受診に限定していないと考えます)を指示しています。一時保護された子どもの監護(医師の受診を含む)については児相長に権限(責任)があります(児童福祉法第33条の2第2項)。とすると,冒頭の通り限られた時間で行われる診察において,当該医師は,前記指示により子どもの健康状態の悪化を回避するのに必要(かつ十分)な処置をとったと考えます。そうすると,当該医師に客観的な注意義務違反はありません。

したがって,当該医師の診察に関しては「過失」は認められません。

よって,当該自治体は国家賠償責任を負わないため当該医師が求償されることはないし,当該医師が不法行為責任を負うこともないと考えます。

なお,「クリニック」が当該医師の使用者だとしても,当該医師が責任を負わない以上,「クリニック」も責任を負うことはありません。また,児相職員が追加診察の必要性を指摘されながら,追加診察を含む適切な措置をとらなかったために子どもの健康状態が悪化したときは,児相職員の行為(不作為)に関して当該自治体が国家賠償責任を負うことになります。その場合,児相職員は求償される可能性があります。

【回答者】

久保健二 福岡市こども総合相談センターえがお館 こども緊急支援課課長/弁護士

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