耳鳴とは「外部の音がないのに音の知覚が生じる現象」であり,そのほとんどが患者自身のみ症状を自覚する自覚的耳鳴である
現状では,自覚的耳鳴を消失させる治療は確立されていない
通常,耳鳴により,何らかの心理的苦痛や生活障害を伴った場合に,医療機関を受診することがほとんどのため,それらを軽減させる治療がメインとなっている
近年,耳鳴の治療として注目されているのが音響療法であり,それにカウンセリング(患者への説明)を組み合わせた治療を当科では施行して効果を上げている
特に音響療法のツールとして補聴器を用いることが特徴となっている
当科で施行している耳鳴治療は,心理的苦痛や生活障害を改善させることを目的としている。そのため,まず耳鳴患者の心理的苦痛や生活障害の内容を評価する。その内容を直接的かつ効率的に評価するためには,「耳鳴があることで一番困っていることは何ですか?」という問診を行うとよい。患者が最初に訴えた答えが,最も重要な問題(障害)ということになる。また,患者はこれに答えることによって自分で気づいていなかった障害についても自覚することができ,医療者は耳鳴による障害(治療の対象)を直接明らかにすることができる。その内容は多少の表現の違いはあるものの,病気の心配,いらいら・怒り,不安,抑うつ,集中力低下,睡眠障害,社会活動不可,難聴(聞き取りづらさ)に集約される(図1)1)。
上記の方法によって耳鳴患者の障害を明らかにした後に,改善する治療を行っていく。ほとんどの患者が,耳鳴治療の目的は「耳鳴を消失させる,小さくすること」であると考えている。患者は初診時には「治療の対象は耳鳴による障害であること」や「治療の目的は耳鳴による障害を改善させること」を理解していないので,まずはそれらの説明を行う。
耳鳴の説明(カウンセリング)は,すべての耳鳴患者に対して必ず行う。説明の内容は,
①器質的疾患の有無,②耳鳴発生のメカニズムと音響療法の意義,③耳鳴悪化のメカニズム,④治療とその意味,⑤経過・予後である。以下に具体的な内容を記述する。患者に理解を深めてもらうため,説明には図やイラスト(図2)の使用や平易な表現を用いるように心がけている。
純音聴力検査・MRIなどによる検査を施行し,中枢などの器質的疾患の有無を確認する。患者は特に脳腫瘍,脳出血,脳梗塞などの脳の疾患を心配していることが多い。それらの除外を行い病気の心配を解消し,不安を軽減する。
難聴と耳鳴の関係について説明する。ポイントは難聴(多くは蝸牛障害)による末梢の入力低下→中枢の活性上昇→中枢での耳鳴の発生,である。説明例を以下に紹介する。
・難聴(蝸牛障害)が生じると末梢からの入力が低下し,それに応じた聴覚中枢の可塑性(活性上昇)が起こり,もともとは気づかない程度の小さな耳鳴が強くなり,自覚するようになる。
・難聴のある周波数(末梢の入力低下がある周波数)において不足している音を脳に届けることで中枢の活性上昇が改善する,つまり耳鳴が改善する可能性がある。それを行うのに最も適しているツールが補聴器で,耳鳴とともに難聴による不自由さも改善する。
・テレビ,ラジオ,音楽などを用いて音の豊富な環境にすることで,耳鳴そのものが相対的に小さく感じるようになる。このことから,家庭でできる音響療法も効果がある。
耳鳴が発生しただけでは障害(心理的苦痛や生活障害)は生じない。中枢で発生した耳鳴と「苦痛を感じる脳(不安・うつなど)」「注意の脳(耳鳴りという感覚に注目してしまう)」や自律神経の間にネットワークが生じると耳鳴が悪化して,心理的苦痛や生活障害が生じる。このように耳鳴の発生と悪化をわけて患者に説明する。イラスト(図2)などを用いて説明すると患者は理解しやすい。
前述のように,中枢の活性上昇を改善させることが治療となる。まずは「耳鳴を正しく理解すること」で,不安などの苦痛を感じる脳の働きを改善する。聴覚路において,末梢の入力低下→中枢の活性上昇→中枢での耳鳴の発生となっているので,末梢の入力低下を改善させるために音響療法を行う。難聴がある場合は補聴器や家庭でできる音響療法を施行する。うつ病が疑われる場合には,精神神経科医による専門的な評価・治療を勧める。
患者が説明を正しく理解すれば,徐々に耳鳴は軽快して1年程度で気にならなくなることが多い。ただし,消失するわけではない。抑うつや強い不安が持続する場合や,耳鳴の消失にこだわる場合には軽快しない。日常のストレスや疲労などで耳鳴が強くなることがあるが,それは一時的なことが多いので,一喜一憂しないことが肝要である。
以上の説明を簡潔に行えば,5分以内で終了する。詳細に説明しても,慣れてくれば10~15分で終了する。
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