◉めまいを訴える患者を診察する上で重要なのは問診である。めまいの性状,持続時間,発症様式などを十分に聴取する。
◉めまいの原因の半数以上は前庭性疾患である。このような疾患では,様々な眼振がみられることが多い。眼振の観察はめまいの診療の重要なパートを占める。
◉めまいを訴える患者で最も多いのはBPPVである。BPPVを正しく診断・治療できれば,めまいを訴える患者の約1/3を診療することができることとなる。
◉めまいには,頻度は低いものの生命予後に影響を与える疾患が含まれる。これらを見落とさないよう,神経学的所見の診察も重要である。
◉患者が激しいめまいを訴えている場合,難聴があったとしても,それがあると訴えないことがある。必ず聴覚の評価が必要である。
日本語の「めまい」は,中国語の「目眩」からの転用だと考えられている。古くから用いられている言葉であり,既に西暦930年頃の「和名類聚抄」に,「めくるめくやまひ」との記載があり,病気としてのめまいが記されている。
現在では,日常においては「忙しくてめまいがしそうだ」などと用いられるほか,映画や歌謡のタイトルや歌詞にも,「めまい」という単語が用いられてきた。最近,一般的ではないかもしれないが,筆者がインターネット上で見かけたものでは,「めまいがするほど美しい」との表現もあった。このように広く一般に用いられる「めまい」という言葉であるが,広辞苑では「めまい【目眩,眩暈】目がまわること,目がくらむこと」としか記載されておらず,あまりにも日常的な言葉のためだろうか,ややあいまいである。
これに対して,医学的には「めまい」は様々な定義がなされている。「安静時あるいは運動中に,自分自身の体と周囲の空間との相互関係・位置関係が乱れていると感じ,不快感を伴った時に生じる症状」(「日本耳鼻咽喉科学会用語解説集」)などと定義されている。
一般にめまいは,体あるいは周囲の回転感を伴う回転性めまいと,回転感を伴わない浮動性めまいとにわけられ,さらに眼前暗黒感も含めることがある。これらめまいの性状を区別する意義として,回転性めまいは前庭機能障害と密接に関連する症状,眼前暗黒感は前失神の症状であり,めまいの性状によりある程度疾患の鑑別に役立つ点が挙げられる。浮動性めまいは回転性めまい以外のふわふわ感,ふらふら感などと表現される症状であり,疾患特異的な症状ではない。
前述のようにめまいは一般的な言葉なので,患者が訴えるめまいが必ずしも医学用語のめまいを意味しているわけではないことにも注意すべきである。眼前暗黒感をめまいと表現することは一般的である。そもそも,めまいではない悪心,気分不良,頭重感,頭痛,肩こりなど患者の感じる違和感をめまいと述べていることもある。十分に問診しておくことが必要である。
ところで,めまい感を表現する言葉としては,ぐるぐる,ふらふらなどと,様々なものが存在する。回転性めまいについては,ぐるぐる,ぐらぐら,ぐわぐわなどと表現されることが多く,ふわふわは浮動性めまいと関連が深いという。問診の際に参考になる。
めまいの鑑別診断のためには,めまいの発生機序についておおまかに理解しておく必要があるので,簡単に述べておく。体平衡の維持は,視覚,前庭覚,体性感覚からの入力が脳幹で統合され,眼球運動,四肢骨格筋,自律神経系に出力される大きなシステムで成り立っている(図1)。このいずれかが破綻すると平衡障害,めまいが出現することとなる。このうち,実際にめまいを訴える疾患では,末梢前庭性のものが最多を占める。そこで前庭の働きについて,簡単に述べておくこととする。
内耳は,蝸牛,前庭,半規管の3つの部位にわけられる。このうち,蝸牛は聴覚器官であり,前庭に存在する耳石器(球形囊,卵形囊)と半規管(前半規管,後半規管,水平半規管)が体平衡に関連する器官である。半規管は回転角加速度のセンサーであり,頭部の動揺を感じることができる。3つの半規管がそれぞれ直交するように位置しており,あらゆる回転運動を感じ取ることができるようになっている。
半規管は半円形の骨性の空洞を成す器官であり,その内腔はリンパ液で満たされている。頭部が回転するとリンパ液は慣性により回転と逆方向に流動し,半規管膨大部のクプラを変位させる。回転方向に位置する耳のクプラは膨大部に向かう変位が生じ,興奮性の信号を前庭神経核に送る。一方,反対側の耳のクプラでは膨大部より遠ざかる変位が生じ,抑制性の信号を送る。この左右の前庭神経核のアンバランスが,眼球を回転方向と反対にゆっくり変位(緩徐相)させ,視野がぶれないように働く。眼球の変位が大きくなると,変位と反対側に素早く移動し(急速相),緩徐相と急速相が交互に生じる。これを眼振と呼ぶ。眼振は急速相の方向で表現するので,回転方向への眼振が生じることとなる(図2)。
この一連の反応は,頭部の回転時に外界を静止させて見せるという重要な役割があり,前庭動眼反射と呼ばれる。また,前庭神経核からの信号が,主に前庭脊髄路を通り,一部は網様体脊髄路を経由し,四肢に関しては,主に同側の伸筋に対して興奮性に,屈筋に対しては抑制性に作用し,姿勢の制御に働く。これを前庭脊髄反射と呼ぶ。
一方,耳石器は直線加速度,つまり重力加速度のセンサーであり,体の傾斜を感じることができる(図3)。
前庭機能の左右不均衡が生じると,病的に前庭動眼反射と前庭脊髄反射が引き起こされる。前者により眼振が生じ,周りが回っているように感じる。後者により,体が患側へ傾く( 偏 倚 という)。眼振,回転性めまい,偏倚は一側性前庭機能障害における主要な症候である。
厚生労働省による2022年の国民生活基礎調査によると,病気やけがで何らかの自覚症状を訴える者は1000人当たり276.5人(男246.7人,女304.2人)であり,うちめまいを訴える者は,1000人当たり20.3人である。つまり,何らかの症状を有する者の7.3%は,めまいを訴えているのである。めまいの有訴率は年齢とともに増加する傾向があり,65歳以上30人(男性23.0人,女性35.9人),75歳以上36.5人(男28.3人,女42.6人)に達する。また,実際にめまいの訴えのある者の,実に68%が医療機関を受診している。これらのことより,めまいは非常に一般的な愁訴であるとともに,医療機関へ受診する可能性の高い症状である。
めまいの診療は,耳鼻咽喉科,内科,救急など様々な診療科でなされている。診療科によって診断が異なるわけではないが,耳鼻咽喉科には聴覚症状を伴う患者が多く受診するであろうし,それ以外の診療科には軽微な神経症状を伴う患者も受診する可能性があり,取り扱う疾患に多少の差異はある。また,患者の受診動向は,地域や病院の属性などにより異なる。しかし,耳鼻咽喉科,脳神経内科,総合診療内科のいずれの診療科による報告においても,めまい患者の疾患内訳について,60%程度は前庭性疾患であり,特に良性発作性頭位めまい症 (benign paroxysmal positional vertigo:BPPV)はめまい全体の半数程度を占めている(図4)2)3)。
診療科や病院の属性によらず,めまいを訴える患者の原因で最も多いのは,BPPVを含む前庭性疾患であることは興味深い。これは,めまいの初期診療は耳鼻咽喉科でなされるのが合理的であることを示唆するが,医療関係者でない一般の人における調査では,めまいを耳鼻咽喉科で取り扱う疾患だと認識している割合は50%程度にすぎない。すなわち,めまいを訴えて一般内科を受診する患者は多い。内科医にとって,本来専門外と考えているであろう前庭性疾患を診察しなければならないことは,過大な負担となっているかもしれない。
また,稀ではあるが,生命予後に大きな影響を与える脳血管性病変が含まれていることがある。これらの危険なめまいを見落とさないように,その存在を頭の片隅に置いて診療を行う必要がある。このような診療の幅の広さが,めまい診療を苦手と感じる医師が多い原因のひとつかもしれない。