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子どもの難聴─聞こえない子と聴き取れない子

No.5109 (2022年03月26日発行) P.31

益田 慎 (県立広島病院小児感覚器科主任部長)

登録日: 2022-03-28

最終更新日: 2022-03-24

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    新生児聴覚スクリーニングの普及により,多数の先天性難聴児が1歳以下で見つかるようになったが,難聴を1歳以降で発症することもあり,1歳6カ月児健診や3歳児健診で難聴を見つける意義が薄れたわけではない。

    1歳以降に難聴児を発見するためには,「聞こえていない」という訴えのみならず,「ことばが遅い」「発音がわるい」という訴えの子にも注目する必要がある。

    軽度・中等度難聴児は物音に気づけるが,ことばの聴き取りは不完全となり,言語発達に遅滞が生じる。また,物音に気づけるがために家庭では難聴を疑えず,保育園や幼稚園で最初に疑われる場合がある。

    近年注目を集めている聴覚情報処理障害を乳幼児期に発症した場合,難聴児と同様の言語発達障害が引き起こされるが,聴力図では聴力正常となり診断には難渋する。また,自閉スペクトラム症との鑑別が難しい症例もある。

    はじめに―乳幼児難聴を取り巻く現状と課題

    乳幼児難聴の早期発見の必要性がことさら強調されるのは,言語の習得に直結するからである。特に3歳までに発症した難聴には注意が必要であり,難聴に気づかれずに過ごすことで不可逆的な言語発達障害を引き起こしてしまう。就学までに獲得するコミュニケーションのためのことばを「生活言語」と呼ぶが,その生活言語を礎に学習するための「学習言語」が育つことから,言語発達障害は学習障害へと進展し,最終的にその人の一生を左右する問題として残ることになる。

    3歳児健診に難聴の発見を目的とした内容が含まれるようになったのは1995年前後であるが,その後に広まった新生児聴覚スクリーニングによって,先天性難聴児の発見が劇的に低年齢化した。そこに補聴器や人工内耳などの補聴技術の飛躍的な発展も加わり,難聴児を取り巻く環境は20年前と比べると大きく変化している。

    その一方で,医療として難聴を発見した後に,言語習得をサポートするための療育・教育とスムーズに連携できているか,学校で合理的な配慮を確実に受けることができているか,希望に沿った就労ができているか,これらに地域差はないのか,という点において,まだ課題は山積している。2020年に「Japan Hearing Vision」として提言された施策1)はまだ始まったばかりで,今後どのように実現するかが問われている。

    Japan Hearing Visionでも強調されているが,乳幼児の難聴を発見したら,早期に適切な支援をすることが重要とされる。しかし,この「早期に適切な支援」が言うほど簡単ではない。補聴器や人工内耳を適合・適応できる医療施設は限られており,居住している地域によってはそこへのアクセスが課題になる。また,音声言語と手話言語をどのようなバランスで習得していくのかについては,専門家の間で考え方に大きな違いがあり,それを実現するための療育・教育環境は地域差も大きい。保護者(その大半が健聴者)からしてみれば,今やっていることがはたして適切なのかどうか,それをどのように判断すればよいのか,悩みが尽きない状況が続くことになる。

    本稿ではテーマを3つに絞って,子どもの難聴について考えてみたい。すなわち,

    ①新生児聴覚スクリーニングの恩恵と問題点
    ②軽度・中等度難聴児への取り組み
    ③聴力図では表現することができない「難聴」

    の3点である。

    1. 新生児聴覚スクリーニングの恩恵と問題点

    自動ABR(auditory brainstem response,聴性脳幹反応)が開発されて以降,中等度以上の先天性難聴児の発見が劇的に早くなった2)。このことが小児難聴の診療を大きく変えたことは言うまでもない。ただし,新生児聴覚スクリーニングで示されるのは「難聴の可能性が高い」ということであって,自動ABRや耳音響放射(otoacoustic emissions:OAE)スクリーナーの結果で直ちに難聴と診断できるわけではない。新生児聴覚スクリーニング後の的確な聴覚検査と難聴に関する確実な診断が早期に実現して初めて,早期療育・教育へとつながっていく。乳児,とりわけ新生児の難聴を診断するためには,それなりの設備とそれを使いこなすだけの診療技術が求められるが,それらを実現できている医療機関は限られている。どの医療機関で乳幼児の難聴に対応できるかについては,日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会のホームページで検索可能である3)

    新生児聴覚スクリーニングをきっかけに難聴が発見された場合,早期療育・教育につなげることが,その子の言語発達を促す上で必須条件になる。しかし,新生児聴覚スクリーニングを受け,難聴が疑われたにもかかわらず,難聴の診断が遅れ,早期療育・教育が実現しない例はやはり存在する。どうしてそのようなことが起こるのであろうか。

    いくつかの理由の中のひとつが,新生児聴覚スクリーニングで難聴を疑われながらも,難聴かどうかを判断するための精密検査を受けない保護者が存在することである。難聴児の両親の大半は健聴者であり,そのため生まれたばかりのわが子に「難聴があるかもしれません」「補聴器が必要かもしれません」と言われても,素直に納得できる保護者のほうが少ない。その中には,精密検査を受けて難聴と診断されることへの漠然とした不安から,精密検査機関を受診しない例もある。

    今の母子手帳には新生児聴覚スクリーニングの結果を記載することになっており,その後の乳児健診の際に確認することができる。両耳あるいは片耳に「要精査(リファー)」という記載があった場合には,「耳の検査を受けましたか?」と一言声をかけるだけでも,上記のような理由で難聴の発見が遅れる事例を減らすことが期待できる。

    そのほかの理由として,片耳が「リファー」となったときに,「もう片方が聞こえているから大丈夫」と精密検査を受けない事例も見受けるが,これも対応としては間違っている。両耳リファーでは5人中3人が両側難聴で補聴器が必要となるが,片耳リファーでも12人中1人は両側難聴である(12人中6人が片側難聴)4)。両耳パスでは5000人に1人が両側難聴とされており,両耳パスに比べて片耳リファーでは圧倒的に高い確率で両側難聴児が含まれていることに注意する必要がある。

    また,新生児聴覚スクリーニングで両耳パスとされた後に難聴を発症することがある。1歳以上で発見される児では,もはや新生児聴覚スクリーニング検査の結果はあてにならない。「家庭でできる耳のきこえと言葉の発達のチェック表」5)などを用いて難聴が疑われる場合には,積極的に精密検査のための受診を勧奨する必要がある。

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