初秋のある夜、誰に見守られるでもなく、Aさんは鉄格子の中で静かに息を引き取りました。Aさんはムショ医である私の患者さんですから、無論当所の被収容者です。私と同い年でしたが、恐らくこれまでの生き方は大きく異なっていたでしょう。罪名は詐欺と恐喝で、入所してくる多くの懲役受刑者と同様に、体幹から両上肢には立派な入れ墨がありました。未成年時期からの、喫煙だけではなくシンナーや覚醒剤の使用歴もあり、これもご多分に漏れずHCV陽性で治療歴はありません。
写真左は入所時の胸部X線写真です。重喫煙者であったこともあり、きたない肺だなあと思いながら読影したと思います。カルテの小さな所見記載欄には、両上肺野に胸膜病変という意味合いだと思いますが、もじゃもじゃとスケッチしていました。
半年ほどたった頃、AさんはC型肝炎のDAA治療の対象候補として、治療適応を検討するプロセスの中で胸腹部CTを外部医療機関で行ったところ、右肺上葉に腫瘤影を指摘されました。写真右はその後改めて撮影した胸部X線写真です。入所時には恐らくは胸膜病変と考えた索状影が増大しているように見えます。私の国がん勤務時代には、肺癌症例の過去X線画像を読影会で偉そうに説明してましたが、いざ自分がプライマリケアに携わるとこんなものです。隣のK市病院で右肺上葉切除され,ⅢA期扁平上皮癌でした。術後補助化学療法は希望されませんでした。
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