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【識者の眼】「戦争は寿命を伸ばす!?─『沖縄長寿の神話』が問いかけるもの」岡本悦司

No.5147 (2022年12月17日発行) P.64

岡本悦司 (福知山公立大学地域経営学部医療福祉経営学科教授)

登録日: 2022-12-03

最終更新日: 2022-12-02

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戦争が寿命を伸ばす……とは荒唐無稽な説であろう。だが、戦記オタクとして、かねてから奇妙な疑問を感じていた。戦争では多くの若者が犠牲になるが、生き残った者はなぜか長生きが多いようだ、と。

最新の2015年生命表によると沖縄県男性の平均寿命は36位と下位になっているが、かつて1980年と85年には、沖縄県男性の平均寿命は1位となり「長寿県」として知られるようになった。反対に当時の都道府県別平均寿命の最下位は大阪であった。当時、筆者は大阪大学で公衆衛生を専攻する大学院生であったが、「なぜ沖縄がトップで大阪は最下位か。原因を探れ」との指導教授の命令により、院生らは侃々諤々の議論を重ねた。

大阪府男性の短命の原因が、肝がん、肝硬変等にあることは程なく明らかになったが、なぜ肝疾患が多いのか、まではわからなかった(当時、HCV検査はまだなかった)。その後、筆者は死因別コホート生命表 1)を作成し、この世代におけるHCV感染率の高さが1950年代の覚醒剤乱用にあること、感染率は地域差が大きく大阪は福岡、佐賀と並んで高蔓延地域であった等を明らかにした2)

最後までわからなかったのが沖縄県男性の長寿の理由である。「沖縄長寿の理由はヘルシーな食生活にある」と主張する学術書もあるが、戦前(1930、35年)の順位が15位にすぎなかったこと、戦後27年にわたって占領下に置かれ、(ヘルシーとは言いがたい)米国の食生活が入ってきた事実と矛盾する。平均寿命を左右する乳児死亡の届出の正確性を疑問視する説もある3)

長年感じていた疑問から「1980年代の沖縄県男性の死亡率の相対的低下は、3カ月に及ぶ過酷な沖縄戦により、強い生命力を持つ男のみが生存できた『選択的淘汰』の結果である」という仮説をたてた。当時の国勢調査や人口動態データを分析したところ、戦争による犠牲が大きかった世代ほど、戦後の標準化死亡比が低い、という傾向がみられ、仮説を裏付けるものであった。成果はこのほど専門誌4)に掲載されたので、専門家諸子の御批判を待ちたい。

1980年代の沖縄県男性の長寿は言わば「戦争遺跡」であり、現在の平均寿命の順位は悲しむべきことではなく、戦争の傷跡が癒えて沖縄が元の平和な島に戻ったという喜ぶべき現象と言えないだろうか。

【文献】

1)岡本悦司:2013年度厚生労働科学研究「人口動態統計の個票集計による死因別コホート生命表作成に関する研究」.

   https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/2013/131012/201302008A_upload/201302008A0003.pdf

2)岡本悦司:医事新報. 2014;4721: 45-51.

3)逢見憲一:占領期沖縄の生命表における乳児死亡届出の正確性に関する認識と“沖縄=伝統的長寿県”説. 日本人口学会第68回大会抄録. 2016.

   http://www.paoj.org/taikai/taikai2016/abstract/1086.pdf

4)岡本悦司:厚生の指標. 2022:69(13):7-12.

岡本悦司(福知山公立大学地域経営学部医療福祉経営学科教授)[戦争遺産]

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