医学生のときに、帯状疱疹患者との接触によって子どもが水痘を発症すること、水痘患者および帯状疱疹患者いずれの水疱からも水痘ウイルスが分離されること、などの講義を聴き、がんウイルスの話ばかりで退屈だったウイルス学の講義が面白く感じたことがあった。
小児科に入局し、自分の手で患者からのウイルスの分離培養などを盛んに行い始めた頃、3人の息子が次々と水痘にかかり、水疱からウイルスを取り出し、彼らが将来帯状疱疹になったときに同じウイルスかどうか見てみようとdeep freezerにしまい込んだこともあった。残念ながら大人になった息子たちは帯状疱疹を発症せず、いまだに確認できていない。ちなみに、息子たちのお陰で、麻疹、風疹、ムンプス、伝染性紅斑、手足口病などのウイルス学的観察や研究の糸口を掴むことができた。
大阪大学の高橋理明教授(当時)らによって開発された水痘生ワクチンは、世界中に普及し、やがて帯状疱疹や帯状疱疹後神経痛(postherpetic neuralgia:PHN)にも効果が示され、水痘生ワクチンは帯状疱疹の予防にも使用できるようになった。小児科領域の帯状疱疹は、頻度も少なく比較的軽症である場合が多いが、成人(特に高齢者)の帯状疱疹は、見た目も酷く疼痛は強い。PHNで長く悩む人は少なくなく、孫に水痘を移さないために抱っこすることもできない、など厄介な感染症である。抗ヘルペスウイルス薬の登場により、以前に比べれば治療が楽になったが、罹らないに越したことはない。予防をした上で罹ってしまったら治療を行う、という考え方が重要であろう。
生ワクチンは、免疫機序としては自然感染に近いものがあり、液性免疫に加えて細胞性免疫の獲得もできる。成人に水痘生ワクチンを接種するとブースター効果が生じ、帯状疱疹発症予防あるいは軽症化が期待できる。その後登場したのが、ウイルスの表面蛋白の一部を抗原としてアジュバントを加えた不活化ワクチンだが、液性・細胞性共に免疫増強効果がみられ、帯状疱疹予防に高い効果がみられている。
2025年4月より、高齢者への帯状疱疹ワクチンの定期接種が始まり、両ワクチンとも使用できることになった。どちらを使用するかは、効果、持続、発熱・疼痛などの副反応の出現、価格などに相違があるので、どこにメリットを求めるかというところで判断することになろう。
子どものため、と思われがちであったワクチンも、高齢者用肺炎球菌ワクチン、帯状疱疹ワクチン、あるいは任意接種であるがRSウイルスワクチンなどのように高齢者に対象が広がってきている。世界でも高齢化社会(長寿社会という言葉のほうが適切と思うが)の筆頭であるわが国では、歳を重ねてもできるだけ感染症などにかからず、元気に過ごせるように支援したい。ワクチンはそのための大きなツールとなるだろう。
行政は還暦などの節目にお祝いの品を送っているが、一定の年齢に達した人の健康のために「定期予防接種券と予防接種手帳」も、長寿のお祝いとして相応しいのではないだろうか。
岡部信彦(川崎市立多摩病院小児科)[感染症][帯状疱疹][定期接種]