日本の女子刑務所は男子刑務所に比べ施設数が少なく、一般的な女子刑務所は男子刑務所と違って短期刑・長期刑、初犯者・累犯者等様々な分類の受刑者が同じ施設に収容されている。受刑者が抱える疾患も摂食障害から認知症まで多岐にわたり、対応する医師はより幅の広い診療能力が求められる。矯正医官の実像・本音に迫るシリーズ第3回は、国内最大級の女子刑務所で矯正医療に従事するB医師の事例を紹介する。(矯正施設のルールにより医師の名前は原則匿名としています)
女子受刑者を収容する刑務所は国内に12カ所ある。このうち最大規模の栃木刑務所は収容定員655名。収容人数は漸減傾向にあり、令和に入ってからは500人前後で推移している。年齢層は20代から70歳以上の高齢者まで、刑期も1年以下から無期までと受刑者のプロフィールは多様。タイ、中国などの外国人受刑者が多数収容されているのも大きな特徴だ。
栃木刑務所の矯正医官として2021年7月に採用されたBさんは、医学部卒業後7年目の女性医師。一般病院の呼吸器内科に勤めていたが、同居する祖母が体調を崩したのを機に、医療に従事しながら祖母と一緒にいる時間もつくれる職場を探し始め、刑務所や少年院で働く矯正医官という選択肢にたどり着いた。
「病院の内科で働いていると当直や土日の呼び出しが多く、なかなか家族の介護に時間を割くことができないというのが大きかったですね。もともと医療と司法の交わるところで働きたいという気持ちもあり、ある程度時間の自由が利く矯正医官の仕事を選びました」
「医療専門施設」「医療重点施設」「一般施設」の3層からなる矯正施設の医療システムの中で、栃木刑務所は一般施設に位置づけられている。常勤医師の定員はかつて1名だったが、被収容者数が多く、女性特有の疾患があり、有病率も高いことから、現在は定員2名となっている。Bさんは、他の常勤医師とともに、互いに協力しながら多岐にわたる受刑者の疾患や健康問題に対応している。
「受刑者といっても全く違う人間というわけではなく、生い立ちや考え方の違いがあるだけで普通の人。普通に病気を抱えていて、それを医者として普通に診るという感じです。一般の病院で患者を診るのと大きな違いはなかったのは自分としても意外でした」
Bさんが栃木刑務所で働くのは火・木・金。新入所がある日は、通常の診療に加えて受刑者の入所時健康診断も行う。月・水は兼業の制度を活用して埼玉県内のクリニックで訪問診療に従事している。
「栃木刑務所の先輩医師から『一般の医療と矯正医療の意識のギャップはある意味持ち続けたほうがいい』と兼業を勧められました。実際に働いてみて、薬などの制限のない医療を見続けることができるのは大事なので、本当にそうだなと感謝しています」
女子受刑者には摂食障害をはじめとする精神疾患が多い。Bさんは治療手段が限られる中、スタッフと連携しながらこうした心の問題にも取り組んでいる。
「摂食障害(神経性やせ症)には制限型や過食・排出型などのタイプがあって、全然食べようとせず、すごくやせているのに太っていると思って過度の運動をする人もいれば、食べてはいるけれどすべて排出しようと嘔吐する人もいます。刑務所は嘔吐しにくい環境ではあるので、どうしても食べないという人が多いですね。認知行動療法などの専門的な治療はできないので、基本的には体重を増やすことを念頭に置き、食事の量を減らしつつ栄養剤などでカロリーを補い2時間くらい監視付きで待機させる、といった対応をしています」
長い集団生活の中でめまいや腹痛など身体表現性障害(身体症状症)を発症するケースも多いという。
「『お腹が痛い』という話で来て、実は集団生活の中でうまくいっていないということがよくあります。職員に言って部屋を変えてもらうようなことは基本的にできないのですが、情報として『人間関係をよく見てあげてください』と伝えることはあります。受刑者の悩みをすくい上げて聞きすぎると、診察室が逃げ場のようになってしまいますので、そのあたりのさじ加減は本人の自立も考えて注意するようにしています」
休暇が取りやすいなどワークライフバランスは充実。矯正医療に携わることは医師としてのキャリアにもプラスになっているとBさんは実感している。
「ここで働くようになって『病気と人格は違う』という感覚がしっかり身につきました。総合診療的な面が強く、いろいろなことを広く浅く学ばざるを得ないので、すごく勉強になっています。矯正医療は踏み込みにくい世界とは思いますが、サポートは手厚く、私もなんとかやってこられていますので、矯正医療の充実のために、もっといろいろなバックグラウンドを持った医師に入っていただけたらいいなと思います」
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