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[矯正施設でキャリアを積む・活かす③]どんなキャリアを積んだ医師にとっても矯正医療は価値ある経験になる〈提供:法務省矯正局〉

No.5261 (2025年02月22日発行) P.6

登録日: 2025-03-04

最終更新日: 2025-03-05

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地下鉄サリン事件の現場対応をきっかけに、佐賀大危機管理医学教授、内閣官房NBC災害対策専門官などを歴任し、危機管理・災害対策の専門家としてキャリアを積んできた奥村徹医師は、2年前、これまで未経験だった矯正医療の世界に飛び込んだ。シリーズ「矯正施設でキャリアを積む・活かす」第3回は、大分刑務所に勤務する矯正医官の奥村さんに、一般医療と矯正医療のギャップや共通点、他分野でキャリアを積んでから矯正医療で働くことの意義について話を聞いた。 

大分刑務所矯正医官 奥村徹医師

危機管理医学のエキスパートとして活躍

奥村さんは順天堂大医学部を卒業後、沖縄県立中部病院などで研鑽を積み、救急医を志して川崎医科大救急医学教室に入局した。医局から聖路加国際病院に出向していた1995年3月、地下鉄サリン事件の救急対応を現場で体験したことをきっかけに、テロ対策や中毒などの専門家の道を歩むこととなった。

2006年には佐賀大医学部危機管理医学講座の教授に就任。その後も内閣官房NBC(Nuclear Biological Chemical)災害対策専門官、 警視庁警務部理事官、日本中毒情報センター理事などを歴任し、危機管理医学のエキスパートとしてキャリアを磨いてきた。

「当時は今よりも危機管理の専門家が少なく、医療現場の目線から危機管理を語ることができる医師が足りていないと感じていました。緊迫した現場に数多く臨んできた自分ならば、その経験を活かすことができるのではないかという思いから、縁あって首相官邸(内閣官房)でテロや災害対策の訓練を担当するようになりました。東日本大震災の発生時には、実際に被災地を訪れて医療調整を行ったりもしていました」

急な対応に救急医の経験が活きる

危機管理医学の第一線を走り続けていた最中、家族の希望で九州に勤務先を探すことになった奥村さんは、刑務所の中で行われている医療に興味を持ち、矯正医官になることを決意。2023年4月から大分刑務所の矯正医官として新たなキャリアをスタートさせた。

刑務所をはじめとする刑事施設は、A、B、L、Yなどのアルファベットで表記する「処遇指標」で収容する受刑者が定められている。大分刑務所は受刑者のほとんどがLA指標(執行刑期10年以上の犯罪傾向が進んでいない者)またはA指標(犯罪傾向が進んでいない者)。約4分の1が60歳以上と高齢化が顕著なため、高血圧や糖尿病といった慢性疾患や腰痛、作業中の怪我などの診療が中心となる。奥村さんは全く新しい世界に飛び込んだつもりだったが、これまでの経験との共通点を感じることも多かったと振り返る。

「実際にこの世界に入ってみると、今までやってきた一般の医療と同じ部分が多いことに驚きました。近隣にある大分県立病院と協力体制を取っているので、緊急時や本格的な治療が必要な場合でも自分だけで対応しなければならないといったことはなく、安心して勤務することができています。精神疾患を持った受刑者に接する機会が多いなどの特色はありますが、刑務所の外と同じく、急に心筋梗塞や脳卒中になる受刑者もいれば、転倒して怪我をしたり、様子がおかしくなったりする受刑者もいます。そうした場面でいかに対応するかなど、これまでの救急医としての経験やキャリアも活かせる職場だと感じています」

適切な「枠組み」に悩むことも

矯正医官ならではの悩みにも直面した。これまでは医師として、患者のために望む限り最高の医療を提供することを第一に働いてきたが、矯正医療の医療費は原則国費で賄われるため、治療や投薬を際限なく行うことはできない。施設外の病院を受診させる際も警備上の観点や、外部病院の都合によって、受診には調整が必要であるなどの違いに悩むこともある。

「矯正医療には矯正医療の枠組みがあり、社会一般の医療水準に照らして適切な治療を行う必要があります。矯正医療ではどこまで対応すべきかを常に考えながら診療にあたっています」

キャリアを続けながら現場に立てる

2015年12月に矯正医官特例法(矯正医官の兼業の特例等に関する法律)が施行されたことで、国家公務員の医師でありながら、勤務時間の内外を問わず、1週間当たり19時間を上限に有報酬での兼業や調査研究が可能となった。奥村さんは週4日の刑務所勤務を主軸にしながら、長崎県での離島診療活動や、危機管理医学のエキスパートとして講演活動も行っている。勤務の調整がしやすく、勤務時間内の兼業も認められているため、日中の講演依頼も引き受けやすくなったという。

「長年力を入れてきた分野のキャリアを続けながら、現場の医療にも携わりたい医師にとって最適な職場だと思います。プライマリケアの要素が強く、高齢化が進む離島での医療は、矯正医療との共通点も多いです」

どんな医師にとっても価値のある仕事

矯正医官は、受刑者と関わる危険な仕事だというイメージを持たれることも多いが、奥村さんは実際に働いて「社会の一員として関わる価値のある仕事」だと強く感じている。

「受刑者の更生は、社会のために誰かがやるべき仕事だと思っています。刑事施設の医療をきちんと維持していくことは、社会にとって非常に重要なことです。怖いから見ないで終わりにせず、実際に矯正医療の現場に入って向き合うことは、どんなキャリアを歩む医師にとっても必ず価値のある経験になると思います」

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【関連情報】
矯正医官募集サイト(法務省ホームページ内)

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