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[矯正施設でキャリアを積む・活かす④]臓器移植で磨いたキャリアを活かしながら外部の仕事を続けられるのも矯正医官の魅力〈提供:法務省矯正局〉

No.5262 (2025年03月01日発行) P.6

登録日: 2025-03-07

最終更新日: 2025-02-27

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国内初となる肝腎同時移植を成功させ、日本の臓器移植分野のトップランナーとして走り続けてきた八木孝仁医師は、岡山大学病院肝・胆・膵外科教授を退いた後のセカンドキャリアとして約30年ぶりに矯正医療に携わることを選んだ。シリーズ「矯正施設でキャリアを積む・活かす」最終回は、岡山刑務所医務課長の八木さんに、再び矯正医療に携わることで感じた現場の変化や見えてきた課題、矯正医官という仕事の魅力について語っていただいた。

 

岡山刑務所医務課長 八木孝仁医師

肝臓移植手術の最前線を走ってきた

岡山大名誉教授の八木さんは、1983年に岡山大医学部を卒業後、同大第一外科(現:消化器外科)に入局。関連病院での研修や、米国ピッツバーグ大学、ネブラスカ大学への留学などを経て、国内で肝臓移植のエキスパートとしてキャリアを積み、2012年に国内で初めて脳死体からの臓器提供による肝・腎同時移植を成功させるなど、日本の肝臓移植手術の発展を第一線で牽引してきた。

「肝臓移植は手術が成功しても10人に1人は亡くなる厳しい手術です。常に死と隣り合わせで、高い緊張感と責任が求められる環境でしたが、人工呼吸で息をするのもやっとだった患者さんの手術が成功して、これまでの状態が嘘のように元気になって帰っていく姿に何よりもやりがいを感じていました」

2度目の勤務で受刑者の高齢化を実感

肝臓移植の第一人者として500例近くの手術を執刀してきた八木さんは、教授退官後のキャリアに矯正医療の道を選び、2023年4月に岡山刑務所医務課長に就任した。そのきっかけとなったのは、1996年に医局からの派遣で同施設に勤務した経験だった。

「医局の医師が約1~2年ごとのローテーションで岡山刑務所の医務課長を担当していました。当時は1例目の肝臓移植を終えたばかりで、研究や論文執筆に追われながらの勤務でしたが、施設の皆さんに支えていただき、非常に働きやすい職場だと感じました。それもあって、再びここでお世話になろうと決めました」

岡山刑務所の受刑者はLA指標(執行刑期10年以上の犯罪傾向が進んでいない者)が9割以上を占め、無期懲役など長期刑の受刑者が多い。八木さんは約30年ぶりとなる同施設での勤務で、矯正医療に求められることが以前とは大きく変わっていることに驚いた。

「最初に勤務した頃はまだ被収容者の年齢層が若かったため、慢性疾患やがんを発症する受刑者は少なく、矯正医官の業務は感染症のコントロールが中心でした。長期・無期刑の受刑者の多くが出所しないまま歳を重ねたために、現在は刑務所内の高齢化が大きな問題となっています。提供する医療も高齢者医療が中心で、日常業務に介護の要素が強く求められるようになりました。これまで通りの人員ではそうした介護のニーズに対処できない状況だったので、まずは法務省の矯正管区の方に相談して、医務課の職員を増員していただくところから始めました」

終末期のコントロールが課題

被収容者のおよそ4割が60歳以上という同施設では、介護福祉士が非常勤職員として勤務し認知症予防プログラムを実施するなど、高齢化の対応に力を入れている。八木さんは今後の矯正医療の課題として、終末期医療に取り組む必要性を強く感じている。

刑務所で実際に看取りを行うことは少ないが、「できるだけ不測の事態が起こらないように、最期をコントロールできるような管理のプランを施設側が立てておく必要がある」と語る。

「終末期は西日本成人矯正医療センターのような医療専門施設や外部の市中病院と連携することも多く、刑務官や矯正管区の職員たちとの調整も必要になってきます。介護やケアの側面では医師だけでなくコメディカルの力が重要になります。幸い市中病院で経験を積んだ腕利きの看護師さんたちが、矯正施設ならではの安定した勤務形態に魅力を感じて、子育てなどを機にたくさん応募・入職してくれているので、かなり助かっています。チームの力を結集して、矯正医療における高齢者・終末期医療に取り組んでいきたいですね」

岡山刑務所だけでなく、他の矯正施設でも高齢化の問題は深刻さを増しており、終末期コントロールの重要性はますます高くなるとみている。

キャリアが思いがけない形で活きることも

高齢者医療について勉強し直しながら矯正医療に取り組む中で、これまでのキャリアで培った知識が思いがけない形で活きることもあった。

「高齢者特有の内分泌環境の変化に、移植手術で使っていた免疫抑制剤のノウハウで対応できるケースが多いことがわかりました。これまでやってきたことが活かせることにやりがいを感じますね」

柔軟な働き方ができる制度を活用し、肝移植手術に関する講演や、外部病院で移植患者のフォローなども行う八木さんは「今までの仕事やキャリアをそのまま続けられるのも矯正医官の魅力」と強調する。

「安定した勤務形態でワークライフバランスを実現しながら、これまで全力を注いできた肝移植という専門のキャリアも続けることができています。学位を取られる先生なら研究をしながら働くことができますし、介護や子育てとの両立を希望される先生なども安心して働ける職場です。多くの医師に矯正医療に参加してもらえると嬉しいです」

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【関連情報】
矯正医官募集サイト(法務省ホームページ内)

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