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薬剤性内耳障害[私の治療]

No.5173 (2023年06月17日発行) P.53

菅原一真 (山口大学大学院医学系研究科耳鼻咽喉科学准教授)

山下裕司 (山口大学大学院医学系研究科耳鼻咽喉科学教授)

登録日: 2023-06-15

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  • 薬剤性内耳障害とは,疾患の治療のために全身投与または局所投与される薬剤が原因で,難聴や前庭機能障害を生じる病態である。以前より,いくつかの薬剤が原因で内耳障害が生じ,それによって難聴や前庭機能障害を引き起こすことが知られている。医師は患者に処方する多くの薬剤の副作用について知識を有することが求められるが,内耳障害を生じる可能性のある薬剤についても同様である。

    ▶診断のポイント

    両側性の感音難聴として発症するが,薬剤性難聴の可能性を念頭に置き,既往歴,特に薬歴について問診を行うことが薬剤性内耳障害を診断するポイントとなる。他の原因が考えにくい若年者では薬剤性難聴の可能性に思い当たることが多いが,高齢の患者になると薬歴が増加する上に,老人性難聴による難聴が併存して,薬剤性難聴の可能性を見落とすこともあり,注意が必要である。薬剤性内耳障害を生じる可能性のある薬物についての知識を有していることが診断には不可欠であり,早期の診断は症状の進行を抑制する上で重要である。以下に知っておくべき薬剤について紹介する。

    【抗菌薬】

    耳毒性を持つ抗菌薬として,アミノグリコシド系抗菌薬とペプチド系抗菌薬が知られている。最近では使用頻度が減少している薬剤であるが,結核の治療や薬剤耐性菌に対する抗菌作用を期待して使用されている。また,一部の局所治療薬にも配合されており,鼓膜穿孔のある耳に使用した際に合併症を引き起こす可能性がある。

    アミノグリコシド系抗菌薬は,内耳において有毛細胞への流入後,ヒドロキシラジカルのような活性酸素種を生成し,細胞障害が生じる。これらの変化は,蝸牛の基底回転側(高音域)に出現し,徐々に頂回転側(低音域)に進行する。また,難聴に関連する遺伝子変異の研究からは,ミトコンドリア遺伝子の1555A>G変異を有する患者がアミノグリコシド系抗菌薬に易障害性を持つことが報告されている。母系遺伝をする遺伝子変異であるので,遺伝子解析が行われていない場合にも家族歴を確認し,薬剤選択や診断の際に留意すべきである。

    【抗腫瘍薬】

    抗腫瘍薬にも耳毒性を持つ薬剤が多く存在する。特にシスプラチンに代表される白金製剤は,その強い抗腫瘍活性から様々な腫瘍の化学療法に使用されている。臨床的には,アミノグリコシド系抗菌薬の場合と同様に,聴力検査上は高音域の感音難聴として出現してくる場合が多い。難聴の出現に影響する因子として,投与法,総投与量,投与開始年齢,他の副作用の有無などが報告されており,注意が必要である。すなわち,1回投与量が多い場合や急速に投与する場合,総投与量が多くなる場合,小児に使用する場合,腎障害などを有する場合には,内耳障害が出現する頻度が高まると考えられる。不可逆性の内耳障害となることから,白金製剤を使用する際には使用前の聴力評価を行い,投与中も聴力検査による経過観察が重要である。

    【利尿薬】

    ループ利尿薬も聴覚障害を生じることが知られている。腎臓のヘンレ係蹄においてナトリウムイオンの再吸収を抑制することで利尿作用を示す薬剤であるが,内耳においては蝸牛の血管条に作用し,蝸牛内電位(EP)を低下させることで,聴覚障害の原因となる。投与直後から水平型ないしは高音障害型の感音難聴を生じることが特徴だが,可逆性の難聴であるので,早期に投薬を中止することで改善が期待できる。

    【その他】

    サリチル酸の高用量投与も薬剤性難聴の原因となる。「アスピリン耳鳴」としてよく知られており,可逆性の感音難聴を示すことが多いので,投与を中止するか,他剤への変更が望ましい。稀に不可逆性の難聴が報告されているので,速やかに対応すべきである。

    消毒薬に分類されるポビドンヨードやクロルヘキシジンも耳毒性を持つ薬剤であり,薬剤性難聴の原因となりうる。外科手術時の手洗いや術野の除菌に頻用される薬剤であることもあり,医事紛争の原因として散見される。濃度と作用時間に注意すれば中耳手術に使用可能であるとする報告もあり,使用する場合は外耳道より外側の皮膚のみに使用し,中耳へ流入しないように注意する。

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