医療事故調査制度において、医療事故調査・支援センターへ報告すべき事例に、「『医療事故』疑い」を含むと思っている人が多くいることに驚いた。『医療事故』の定義は、医療事故調査制度の1丁目1番地であり、医療法第6条の10の条文に明確に示されている。ここで定義されている『医療事故』とは、「当該病院等に勤務する医療従事者が提供した医療に起因し、又は起因すると疑われる死亡又は死産であって、(かつ)当該管理者が当該死亡又は死産を予期しなかったもの」である。これは、「医療事故調査制度の施行に係る検討会」とりまとめ1)で4つの分野に区分して図示されており、厚生労働省のQ&A2)にも踏襲されている。『医療事故』か否かは、「医療に起因する死亡」要件に該当するか否かと、「予期しなかった死亡」要件に該当するか否かのみによって判断するのであって、この2つの要件を共に満たすものが『医療事故』と明確に定義されたのである。即ち、センターへの報告対象は明確な『医療事故』であり、「『医療事故』疑い」を含んではいない。
一方、「提供した医療に起因し、又は起因すると疑われる死亡又は死産」とあるように、「医療に起因する死亡」要件には疑い例が含まれている。「医療事故の疑い」のあるものが、報告すべき『医療事故』なのではなくて、「医療に起因すると疑われる死亡又は死産」が『医療事故』になりうるということである。医療に起因するか否かは法令で規定することが難しいことから、管理者判断とされた。「医療に起因する死亡」要件判断段階で疑い例を取り込んだ上で、「予期しなかった死亡」要件と重なった部分を明確に『医療事故』と定義したのである。したがって、センターに報告すべき事例は、この『医療事故』に該当したものだけであり、「『医療事故』疑い」ではない。
このように条文で明確に示されているにもかかわらず、なぜ、このような誤解が広まっているのであろうか。医療事故調査制度を正しく伝えるべきセンターが、公然と誤った研修3)を行っているからである。医療事故調査制度を適切に運用、指導すべき立場にいる者が法令を逸脱した研修を行っていることの責任は極めて重大であると言わざるをえない。
【文献】
1)厚生労働省:「医療事故調査制度の施行に係る検討会」における取りまとめについて.
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000078202.html
2)厚生労働省:医療事故調査制度に関するQ&A(Q2).
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000061214.html
3)第3回医療事故調査・支援センター主催研修:医療事故調査制度の現況─中小規模の医療機関の医療事故の特徴.(2022年12月3日)
小田原良治(日本医療法人協会常務理事・医療安全部会長、医療法人尚愛会理事長)[医療法第6条の10][医療事故調査・支援センター]