No.5195 (2023年11月18日発行) P.14
登録日: 2023-11-14
最終更新日: 2023-11-14
年末の予算編成に向けて2024年度診療報酬改定を巡る攻防が激化している。「診療所の報酬単価を引き下げ、診療報酬本体をマイナス改定とすることが適当」とした財務省の主張に日本医師会(日医)は猛反発。日本歯科医師会(日歯)、日本薬剤師会(日薬)とともに11月10日に合同記者会見を開き、「最低限人事院勧告3.3%に匹敵する賃上げと物価高騰、日進月歩する技術革新への対応には十分な原資が必要不可欠」と強調。大幅なプラス改定を求めていく考えを表明した。
財務省がマイナス改定の主張を展開したのは、11月1日に開かれた財政制度等審議会財政制度分科会。社会保障の諸課題に対する見解をまとめた資料を提出し、2024年度改定について「診療所の極めて良好な経営状況等を踏まえ、診療所の報酬単価を引き下げること等により、現場従事者の処遇改善等の課題に対応しつつ診療報酬本体をマイナス改定とすることが適当」と論じた。
日医の松本吉郎会長は翌2日、急遽記者会見を開き、「到底受け入れられない」と反発。日医の猪口雄二副会長(全日本病院協会会長)は9日の社会保障審議会医療保険部会に資料を提出し、「直近2年間の診療所の平均的な収益率は極めて高水準。経常利益率も急増し、利益剰余金が積み上がっている」とした財務省の指摘は「儲かっているという印象を与える恣意的なものと言わざるを得ない」と批判した。
こうした流れの中で三師会(日医、日歯、日薬)は10日に合同記者会見を開き、「(賃上げ・物価高騰・技術革新対応の)原資となる適切な財源の確保」を求める要望書を基に、大幅なプラス改定の実現に向けて自民党三役や厚生労働相などの関係閣僚に対し働きかけを行っていく方針を示した。
会見に臨んだ日医の松本会長は、診療所・病院・調剤薬局の経営状況の違いを踏まえた「メリハリをつけた改定」を財務省が主張していることを念頭に、「医療界を分断するような動きもある」と強く批判。「医療というのは病院、有床診療所、無床診療所による一連の継続した診療。診療所と病院を分断して考えるのは間違っている」と指摘した。
日歯の高橋英登会長は、コロナ禍の3年間に国費による支援(診療報酬特例措置や補助金)が行われてきたことをマイナス改定の主張の根拠としていることを問題視し、「(補助金等は)コロナと戦うための戦費。医療界のための原資という誤解をしてほしくない」と強調。日薬の山本信夫会長は「一部の大型薬局の収支差額に着目し、『調剤は高収益』といった主張は薬局全体を俯瞰したものではない。大半の薬局は必要な人材確保にも窮している状況」と訴えた。
日医が特に強く反発しているのは、財務省が独自調査(38都道府県・2万1939医療法人の経営状況を調査)をベースに、新型コロナ感染拡大の影響で経営状況が大きく落ち込んだ2020年度を基準にして「診療所の収益は過去2年間で12%増加する一方、費用は6.5%増加し、経営利益率は3.0%から8.8%へと急増。この間、利益剰余金は約2割増加」と指摘している点だ。
日医はこれに対し「TKC医業経営指標」のデータに基づく独自の分析結果を公表。「診療所の医業利益率は新型コロナ流行前3年間の平均が4.6%、流行後3年間の平均が5.0%。流行後の利益率が上昇したのは、ワクチン接種対応、発熱外来対応などのコロナ対応に伴う収益増によるものであり、診療所としてコロナにしっかり対応したことの証左。コロナの特例影響を除いた場合の流行後3年間の利益率は3.3%程度で、流行前よりも悪化している可能性がある」としている。
さらに「利益剰余金の使途は、診療所の大規模修繕等に充てるほか、法人が解散する際、原則、最終的には国庫等に帰属するものであって、医師、役員に帰属するものではない」と指摘し、賃上げの原資は利益剰余金で十分賄えるとする考え方を否定。医療従事者の賃上げの原資は「診療報酬(フロー)により対応することが不可欠」と訴えている。
基準とする年度を恣意的に設定し、医療機関の収益の伸びを大きく見せるのは財務省の常套手段とも言える。医療界の反発がこれまでになく強いのは、新型コロナが猛威を振るった2020年度という特殊な年を基準にして「収益率は極めて高水準にある」と評価するという、明らかに無理筋の主張を展開しているからだろう。そこには、岸田政権が持続的な賃上げの実現や物価高対策に取り組む中で、マイナス改定の論拠をなかなか見いだせない財務省の焦りも見え隠れする。
診療報酬本体のプラス改定が実現するかは、財務省の数字のマジックに惑わされず、医療機関・薬局の経営環境を冷静に見抜く議論が年末の予算編成に向けて政府・与党内でどれだけ高まるかにかかっている。