災害時における感染症蔓延は「防ぎうる死」をもたらす典型的な状況であるが、平時には医療ではなく、予防医学あるいは公衆衛生という範疇に集約されている。このような感染症法に基づく医療概念は、本来的に少数の端緒例への対処を想定しており、一部の感染症指定医療機関が担うという建付けになっている。
戦争や災害は、避難という名の、「大規模かつ強制的な集団形成」を伴い、平時の衛生インフラが毀損される状況となるにもかかわらず、大規模な感染症蔓延への引き金となり得る状況への対処は、想定されていなかったのである。そのことは、図らずも先般のコロナ禍で露呈することとなった。
そして、主として都市型災害での外傷処置や救命を担うはずの災害派遣医療チーム(disaster medical assistance team:DMAT)は、集団感染症への対処という、新たな課題を担うこととなったのである。
しかし、そもそも現有の装備品や、訓練内容を冷静に見渡すと、大規模な感染症の蔓延に対する対処スキルを身につけるには、これまでの勇猛果敢さとは異なる視点が必要であることが明らかである。
厚生労働省は2021年9月修正版「厚生労働省防災業務計画」の中で、「被災都道府県・市町村は、避難所等における衛生環境を維持するため、必要に応じ、日本環境感染学会等と連携し、被災都道府県・市町村以外の都道府県及び市町村に対して、感染対策チーム(ICT)の派遣を迅速に要請すること」と記している。
これに対して、日本環境感染学会は「大規模自然災害の被災地における感染制御マネージメントの手引き」および「大規模自然災害の被災地における感染制御支援マニュアル2021」を編纂し、災害時感染制御支援チーム(disaster infection control team:DICT)の編成に着手するとともに、学会として隊員の募集や研修を実施するに至っている。
しかしこの組織には、国家の装置としての軍隊のような指揮系統や対処義務がない代わりに、活動を支える強固なロジスティクスや、DMATのような公的予算措置もなく、学会による自前の傷害保険加入や最低限の派遣装備があるのみである。
ただし、筆者はこの状況を悲観的に見ているわけではない。感染制御は厳然とした科学であり、医療関連感染症の制御における数々の実績がある。その基盤の上に立って、人々の健康や医療を背後から支えるという使命を担う以上、どのような状況や場所であっても必ず必要とされる原理原則に立脚しているからである。
医師をはじめとする医療従事者に、このような考え方が備わっている限り、どんな場所で医療や救護を行う場合でも、基本的な技術としての必要性が失われることはない。換言すれば、あらゆる災害対応組織には感染制御の知識や技術が求められるべきである。(続く)
櫻井 滋(東八幡平病院危機管理担当顧問)[DMAT][DICT][感染制御]