先日、癌性疼痛に適応のあるタペンタドールの販売中止が発表された。緩和ケアを専門とする医療者以外には「何それ?」という薬かもしれないが、癌性疼痛を扱う上でタペンタドールがなくなることは結構重要な意味合いを持ち、疼痛管理への理解にもつながるだろうからここで取り上げておこう。
タペンタドールは強オピオイドの1つに位置づけられ、日本緩和医療学会のガイドラインでも癌性疼痛への使用が強く推奨されている薬である。「トラマドールの強化版」と言えばわかりやすいかもしれない。モルヒネやオキシコドンといった他の強オピオイドとの大きな違いは、「ノルアドレナリン再取り込み阻害作用」を有していることだ。
癌性疼痛の管理は、痛みの発生・伝達経路をいかに阻害するかにかかっている。このため緩和ケア医は、オピオイドμ受容体への作用をはじめとして、炎症性のプロスタグランジン生成抑制、そして神経障害性疼痛の経路(下行抑制系)に作用するセロトニン再取り込み阻害やナトリウムチャネル遮断、またNMDA受容体拮抗などなど多岐にわたる経路を考えながら薬を選択しているのだ。その中でも、ノルアドレナリン再取り込み阻害を強く有して使いやすい薬はあまり多くない。デュロキセチンといったSNRIは薬理学的にはこの作用を有するものの、消化器系の副作用で継続できない例も多い。三環系抗うつ薬の中ではノルトリプチリンなども(筆者は)よく用いていたが、発癌性のリスクを指摘され処方中止勧告が出されてしまっている。強オピオイドのメサドンにはノルアドレナリン再取り込み阻害があり、実際の鎮痛効果も高いが、QT延長の副作用があり気軽には使いにくいという側面がある。
タペンタドールの販売が中止されることで、このような「痛みの経路の阻害」ができる武器が1つ減るのは厳しい。理論的に「同じノルアドレナリン再取り込み阻害作用を持つ薬剤」であったとしても、患者によって効果があったりなかったりすることも事実だ。代替できる薬剤があるならそれほど困ることはないものの、痛みの多様な経路を上手に抑制していくためには、薬も多種類が必要なのである。
「タペンタドールがなくて何とかなる? ならない?」への結論は、「たぶん、何とかなる」だ。というか、何とかするしかない。ノルアドレナリン再取り込み阻害の作用を持つ薬は、(使いやすさを除けば)先述の通り複数存在してはいる。それらを組み合わせて、タペンタドールのカバーをしていくことになるだろう。
緩和ケアはポリファーマシーになりやすい分野である。専門家以外の方々にとっては「同じ痛み止めなのに、なんで患者さんに何種類もの薬を処方しているのだろう」と不思議に思われることなのかもしれない。鎮痛について専門家がこんなことを考えながら処方しているのだと知って頂ければ嬉しい。それだけに、1剤で多様な鎮痛経路へ作用できる薬剤がなくなってしまうのは、医師としても「痛い」処置なのである。
西 智弘(川崎市立井田病院腫瘍内科/緩和ケア内科)[癌性疼痛][ノルアドレナリン再取り込み阻害作用]