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[チームで支える矯正医療④:矯正医官をサポートする准看護師]「彼らは矯正医療を回す“潤滑油”」准看護師資格を持つ刑務官を養成する〈提供:法務省矯正局〉

No.5214 (2024年03月30日発行) P.6

登録日: 2024-03-26

最終更新日: 2024-03-26

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刑務所・少年院などの矯正施設では、矯正医官だけでなく准看護師資格を持つ刑務官や法務教官も医療を回す上で重要な役割を担っている。刑務官・法務教官に准看護師資格を取得させるための教育は、東日本矯正医療センターに開設された准看護師養成所で行われ、資格取得後には1年間の実務修習も義務付けている。シリーズ「チームで支える矯正医療」最終回は、矯正医官の経験を経て准看護師養成の責任者を務める宮下洋医師に、刑務官らが准看護師資格を持つことの意義などについて話を聞いた。


東日本矯正医療センター准看護師養成所長 宮下洋医師

准看護師資格を持つ刑務官・法務教官を養成する全国でただ1つの教育施設、東日本矯正医療センター准看護師養成所(東京都昭島市)では、各地の矯正施設から毎年38名の受講者を受け入れ、2年課程で資格取得のために必要な教育を行っている。

資格を取得した刑務官らは、病院機能を持つ東日本成人矯正医療センターや大阪医療刑務所での1年間の実務修習を経てそれぞれの矯正施設へ戻り、矯正医療を第一線で支える医療従事者となる。

矯正医療という「アナザーワールド」へ

現在、東日本矯正医療センター准看護師養成所の所長として看護教育に取り組む宮下さんが矯正医療の世界に飛び込んだのは2011年。それまで東邦大学医療センター佐倉病院でがむしゃらに診療や研究に打ち込んでいた宮下さんは、無理をして身体を壊したのを機に大学病院の勤務医から矯正医官へ転身し、府中刑務所に医療第一課長として入職した。

「全くのアナザーワールドで医師としてのセカンドライフを送りたいと思い、学生時代から本などを通じて興味を持っていた矯正医療の門を叩きました。実際に中に入ると今まで経験してきた医療の世界とは全く違い、戸惑うこともありました」

矯正施設は特殊な環境であり、診療には創意工夫が求められた。そんな中、自らの支えとなったのが准看護師資格を持つ刑務官だった。

「准看護師はもともと刑務官ですから、刑務所のことをよく知っている。彼らから矯正のために必要なことや被収容者を改善更正させるための『処遇』のことなど、多くのことを教わりましたね。それを糧に、刑務所での医療はどうあるべきかを考えることができました。今では、診療の工夫を凝らすことも矯正医官として働く楽しみの1つとなっています」

准看護師なしでは矯正医療が止まってしまう

矯正医療の現場で准看護師に求められる大きな役割は医務部と他部署との連携だ。被収容者のスケジュールは入浴・食事・運動などの時間が厳格に定められており、緊急性がない場合はその隙間を縫って診察を行う必要がある。

「一般の病院では医療がすべてなので、全スタッフが結束して診断と治療に向かっていきますが、刑務所ではそうはいかない。刑務所を適正に管理・運営するため、部署ごとに守っているものが全く違います。そのためにすれ違いが起きてしまうこともありますが、そういった他部署とのスケジュールなどの調整も准看護師が全部やってくれています。彼ら・彼女らなしでは矯正医療は止まってしまう。私は准看護師は矯正医療を回す“潤滑油”だと言っています」

被収容者の診察には准看護師資格を持つ刑務官が付き添い、診察場面における安全の確保を担うため、医師は安心して診察を行うことが可能となる。限られた医療スタッフの負担を軽減し、医療を健全に回していくことができるのも准看護師の力が大きい。

准看護師が医療の中核となる施設も

被収容者のトリアージも准看護師の重要な役割の1つだ。准看護師は被収容者の一番近くでその状態を把握し、診察の願い出があった場合、優先順位を判断する。夜間の急変や、体調不良の申し出に対する1次対応も准看護師が行うという。宮下さんは、困ったときには直ちに医師に報告し、チームで解決するよう指導している。

「施設によっては、医師が毎日常駐しておらず、非常勤で週に何回か来るだけの所もあります。そのような施設では准看護師らが医療の中核になるんです。施設の精神的な支えですね」

社会基準の看護教育を重視

被収容者を対象とする矯正医療は社会一般の医療とは異なる部分もあるが、東日本矯正医療センター准看護師養成所では外部の病院や介護施設での臨地実習も行うなど、社会基準の看護教育を重視している。

「矯正医療は社会一般の医療の水準に照らし適切なものでなければならないので、社会基準がどうなっているかをきちんと学ぶ必要があります。刑務官だから矯正医療だけ学べばよいということはありません」

「横のつながり」で施設間格差を縮小

宮下さんは矯正医療の課題の1つとして施設間の格差を挙げ、「横のつながり」をつくることで解決していきたいと語る。

「各矯正施設に専門家を集めるのは難しいけれど、他の施設と連携を取り合えるようになれば、カバーできることも多いと思います。もっといろいろな専門を持った先生に矯正医療の世界に入ってもらって、横のつながりを強化し協力し合うことで、施設間の格差をなくしていきたいですね」

資格取得後に矯正医療の現場で行われる1年間の実務修習

准看護師の資格を取った刑務官や法務教官が1年間実務修習を行う東日本成人矯正医療センターで、修習指導を担当する渡邉哲也看護課長に話を聞いた。

─センターではどのような実習を行っていますか

基礎看護技術について31項目を定めたプログラムを使用し、一般の准看護師が1年目に病院で経験することを中心に矯正施設特有のことも学んでもらっています。

彼らはこの1年間を決して無駄にしようとはせず、それぞれの矯正施設へ戻った後に何が求められるかを自分で考えながら、医療従事者としての自覚をもって積極的に実習に取り組んでいます。より実際の仕事に活かせるものにするため、施設に戻った准看護師にアンケートを実施し、実習の内容を毎年アップデートしています。

─渡邉さん自身、矯正施設で看護師として働いていて、一般の病院での看護との違いを感じるのはどのような部分ですか

患者とのコミュニケーションの制限はあります。普通の病院とは違い、自由に居室の中に入るようなことはできません。その中でも医療に必要な情報はしっかりと取らなくてはいけませんし、被収容者から見て我々も信頼できる立場でなくてはならない。そういうところに難しさとやりがいを感じます。

─准看護師に求められることは何ですか

被収容者の改善更生の基盤として健康であることは必須事項だと考えています。准看護師は被収容者のそばで直接治療につなげる業務を担っています。

近年では、被収容者の高齢化に伴い、有病率の上昇や疾病構造の複雑化が進んでおり、様々な経験を積みながら、常に成長しようと努力する姿勢が必要だと思います。

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【関連情報】
矯正医官募集サイト(法務省ホームページ内)

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