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北里先生の業績と血清療法とはどのようなものか[エッセイ]

No.5225 (2024年06月15日発行) P.64

一二三 亨 (聖路加国際病院救急科医長・CCM、HCU室長)

登録日: 2024-06-16

最終更新日: 2024-06-14

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はじめに

2024年7月に千円紙幣の肖像画に北里柴三郎先生(図1)が採用されます。「北里柴三郎先生と言えば血清療法、でも、血清療法って、いったい何?」と、疑問に思われると思います。幸いにも、私は運命的なご縁があって、北里柴三郎先生の薫陶を賜り、血清療法の臨床と研究を現代において国内全般的に担当している医師です。

血清療法とは、人工的に作られたポリクローナル抗体(ヒト、他の動物)を含む血清(抗毒素・抗血清とも呼ばれる)を投与して治療することと定義されています。近代医学で最古の治療法と言われる血清療法は北里柴三郎先生によって開発され、第1回ノーベル医学・生理学賞をエミール・フォン・ベーリング博士が受賞しています(残念ながらベーリング博士の単独受賞です)。

北里柴三郎先生の血清療法

では、具体的に、血清療法はどれくらいの臨床的なインパクトであったのでしょうか? 現代のようにランダム化比較試験(RCT)をしてp値が0.05より小さいので有意であった、とかそんな感じでは到底ありません……。

約140年前に行われた治療を詳しく振り返りましょう1)。北里柴三郎先生は、伝染病研究所時代、馬などを用いてつくったものを使用して、1895(明治28)年にヒトヘの治療を行っており、血清10~20mLを患者に注射しています。現代の抗毒素(図2)は、その多くが凍結乾燥製剤化されており、粉状の薬品を生理食塩水などに溶解して静脈投与します。

1895年11月13日〜1896年11月25日までに、総数356名のジフテリア患者に血清療法を行い、そのうち31名が死亡しています。総数のうち3名は咽頭に偽膜を生じ、発熱があり、臨床上はジフテリアと診断すべきも、細菌学検査においてジフテリア菌を検出せず、患者総数から除外しています(表1)。また、表2はドイツにおいて、前述のベーリング博士により報告された1894年10月1日〜1895年4月1日の期間に行われたジフテリア血清治療の結果です。ジフテリア患者100名に対する死亡率が、各病院で14.6、開業医で7.9と開業医の治療成績が良いのは、初期(軽症)患者に接する機会が多く、直ちに血清療法に取りかかれるためではないかと推測されています。この結果を伝染病研究所の結果と比較したのが、表3です。ジフテリア患者100名に対する死亡率ですが、伝染病研究所の8.78に対してドイツの各病院+開業医の合計値9.6とほぼ同等であり、ドイツの各病院の14.6より優れていることがわかります。

もちろんこれは単純な結果の比較であって、患者の重症度も異なり、ドイツと日本の治療の良し悪しを比較したものではありません。また、従来の方法による1888(明治21)年〜1895(明治28)年の7年間の治療成績(衛生局年報)と比較した結果では、血清療法は死亡率を約48%改善しています。さらに、同様に東京府で従来行われた治療法と比較すると約53%の死亡率の減少を認めています(表4)。

このように、現代のp値でどうこう言うのではなく、ジフテリア抗毒素の投与により明確に救命率が向上しており、さらに国際的に比較しても優れていることがわかります。

現代における血清療法

現代における血清療法の主な役割は抗体による毒素の中和です。その原則において自然毒であるマムシ、ハブ、ヤマカガシなどの毒ヘビ咬傷、セアカゴケグモなどの毒グモ咬傷、オニダルマオコゼ、ハブクラゲなどの有毒海洋生物咬刺傷に関しては有効な治療法として確立されています。

また、感染症に対しては感染症治療における原則である抗菌薬投与と感染巣のドレナージに加えて、病原因子(毒素)に対する抗体治療という新たな側面が注目されています。Clostridium perfringens敗血症に対するガス壊疽抗毒素、爆発的に増加しているコリネバクテリウム・ウルセランス感染症(ジフテリア類似疾患)に対するジフテリア抗毒素、ボツリヌステロ対策も加味したボツリヌス抗毒素は、いずれも未来にその効果や存在意義が大きく高まることになった抗毒素・抗血清です。

北里柴三郎先生の教え

北里柴三郎先生が血清療法を開発して約140年が経った現在でも、血清療法の臨床効果は証明されており、臨床展開されています(一部は臨床研究として行われています)。北里柴三郎先生の教えの原点である、

  1. 常に実臨床を見据えた研究を行うこと
  2. “効く”の確信を持ってその研究に情熱を注ぐこと

この2点の基本的哲学が絶対的なものであるからこそ、この140年後もしっかりと日常臨床で存在価値を示すことができているのだと思います。また、どの分野においても北里柴三郎先生の教えの原点とともに研究を行うことにより、さらなる発展を遂げると確信しています。

おわりに

今回の千円紙幣の肖像画採用を機会として、ぜひとも近代医学の原点とも言える北里柴三郎先生の薫陶に一度は医療者として触れて頂きたいと思います。北里柴三郎先生の教えは、我々が忘れがちな大切なポイントを厳しく、かつ優しい心で語りかけてくれています。

【文献】

1)一二三 亨, 他:新旧血清療法;北里柴三郎の血清療法及び現代の血清療法について. 2022.
https://www.serum-therapy.com/oldnew/

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