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【識者の眼】「感染症との戦いは続く」森内浩幸

森内浩幸 (長崎大学医学部小児科主任教授)

登録日: 2025-01-15

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1年間の連載を依頼されたときは「12回も何について書けばいいの?」と思っていたのに、ふと気づくと最終回です。感染症についてのネタは尽きませんでした。

感染症に対する医学の進歩は目覚ましかった! 20世紀だけでも3億人を殺した天然痘は種痘(最初のワクチン)によって根絶し、ポリオ・ジフテリア・破傷風・麻疹などのかつてのcommon diseaseはワクチンによって(少なくとも高所得国では)希少疾患となりました。

コロンブスの一行が新大陸からもたらした梅毒。わずか18年で日本にも上陸し、世界中の多くの人々を苦しめて来ましたが、ペニシリンで治すことができます。

4千万人以上の命を奪ったHIV。ワクチンは今尚開発中ですが、抗HIV薬の発展は目覚ましく、もはやHIV感染症は非感染者と平均余命が大差ない「治癒はしないけれど制御できる慢性疾患」になりました。最近開発されたレナカパビルは半年に1回の注射でHIV感染をほぼ100%予防することができます。

乳児にとって最も恐い病原体の1つであるRSウイルス。長期間持続型モノクローナル抗体製剤を定期予防接種プログラムの中、または保険適用で使える多くの欧米諸国では、入院患者が9割も減りました。でも残念ながら日本では高額自費診療で、もちろん低中所得国では高嶺(高値?)の花です。

1978年に米国感染症の大家Petersdorfは、「ワクチンと抗菌薬(抗微生物薬と置き換えてもよいかも)の開発が進んでいるので、今後感染症の専門医は要らなくなるだろう」と述べました。確かに医学の進歩は数々の感染症を制御して来ましたが、残念ながら以下の2点から感染症との戦いは終わらないと言えるでしょう。

第一に、自然の破壊が進み野生動物との接点が増えたために、次々と新興再興感染症(そのほとんどは人獣共通感染症)が勃発し、グローバル化した今、急速にパンデミックを起こします。中にはまったく予測不能なものもありました。HIV/AIDSのように感染防御に当たる免疫系を破壊する病気の出現を予測できた人はいなかったでしょう。新型コロナウイルスのように流行の最中に次々と変異を繰り返す新興ウイルスの出現も想定外でした。驚異的なスピードで開発された新型コロナワクチンは、ウイルスの止む事無き変異によってその威力が削がれました。

第二に、せっかく素晴らしいワクチンや抗微生物薬が開発されても、その恩恵はそれらを最も必要とする低中所得国には十分行き届きません。健康の公平性(health equity)……何者であるか、何処に住んでいるか、何をしているかに拘らず、すべての人々が健康であるための平等な機会を有することを確保できるまで、感染症の制御はありえません。

不測の事態に備えること、想定外のものがやって来たら迅速かつ正確にその正体を掴んで過不足ない対応に当たること、そして既存の感染症に対しても新興感染症に対しても健康の公平性は不可欠だということ……これらが私たちに課せられた命題だと思っています。

最終回、ちょっとマジになっちゃったかな? 1年間、目を通して頂いた方々、誠にありがとうございました。

森内浩幸(長崎大学医学部小児科主任教授)[感染症][ワクチン]

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