▼理化学研究所は12月19日の会見で、STAP細胞を再現することができなかったと発表した。2014年1月に華々しく登場したSTAP細胞だが、同年7月にはネイチャー誌が掲載した関連論文2本を「複数の誤りがある」として取り下げており、この時点で科学的根拠は失われていた。
▼STAP細胞論文の共著者の丹羽仁史氏は会見で研究不正防止策を問われ、苦渋の表情でこう述べている。「科学は性善説で成り立っている。私はこの研究に最後に加わったので、(筆頭著者の)小保方さんのデータを信じたが、それが問題だったかもしれない。しかし今後、共同研究者のデータを信じずに一から自分で出すことが良いことなのか、判断できない」
▼研究不正問題を受け、『背信の科学者たち』(講談社)という書籍が注目を集めている。同書は、ニュートンやメンデル、野口英世など歴史に名を残す科学者の不正から、1981年までに米国を中心に頻発した研究不正を分析。不正は科学の全歴史を通じてみられた現象であることを明らかにしている。
▼驚くのは、不正の発見は科学の自己規制機構「ピアレビュー」「審査制度」「追試」では難しいことを多数の実例で示していることだ。そして、立身出世主義を助長し報酬を与える組織の体質が欺瞞の誘因であるとし、「欺瞞は科学の中に存在することを認めることによってのみ、科学とそれに仕える者たちの本質が理解できる」と断じた。不正防止策については、発表内容と生データが一致するかどうかの確認が重要として、共同研究者はデータの真偽が不明な場合は論文に名前を記載すべきではないと指摘する。
▼科学の目的は一義的には真理の探求だ。しかし現代社会では国家が科学の産業化を推進し、研究成果が科学者の出世と報酬に直結している。科学者は不正の誘惑に常にさらされているといえる。実際に不正が行われれば、費やした研究費と時間を無駄にするのみならず、医学研究の場合では生命に影響が及び、社会的損失は大きい。
▼頻発する研究不正を受けて国は規制強化を進めているが、科学に対する社会の信頼を取り戻し、健全な研究土壌を育成するためには、まずは科学研究を担う日本の科学界自らが、研究不正を構造的問題と受け止め、防止策を社会に提示し、実行することが重要だ。研究不正を、功を焦った未熟な研究者の暴走と片づけてしまえば、重大な社会的損失を伴う研究不正が再発する余地を残すことになる。