株式会社日本医事新報社 株式会社日本医事新報社

CLOSE

ちょっと・考[エッセイ]

No.4800 (2016年04月23日発行) P.68

由富章子 (由富内科眼科医院(熊本県玉名市))

登録日: 2016-09-08

最終更新日: 2017-01-26

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
    • 1
    • 2
  • next
  • 医者の醍醐味は推理にあり。「見る・観る・診る・看る」が仕事です。

    患者さんは白衣を着ていると医者だと信じてくれます。さあ、わたしも医者を演じなくてはなりません。張り切って仕事に臨むものの、1人の患者さんにかけられる時間はせいぜい10分間。じっくり話を聞きたいのはやまやまなれど、カルテはどんどん増えてきて、NHKの番組のように1時間じっくり問診だけを行うなんて無理。

    カルテに病名はつきものです。「さっぱりわからん」と頭をひねる症例であっても、疑い病名だけは記さねばなりません。

    そんなとき、わたしは人相見の気持ちになります。人相見は運勢をさぐり、医者は病気を見つけ治療する。机の向こう側の相手が病人か、それとも相談者かの違いだけで、顔と背格好、話し方、歩き方に注意し、観察するという行為には大差ないではありませんか。

    何かしら困っていることがあり、そのために診療所を訪れたことは間違いないのですが、相手は病人。健康時ならいざ知らず、理路整然と状況を語ってくれるのは期待薄です。「己自身を知る」ことほど難しいことはないわけですし、こちらが知りたい情報を提供してくれるとは限りません。いささかの誘導が必要でしょう。

    「どうなされましたか」
    「なんかおかしいんですよ」
    「なんか・おかしい?」
    「なんかいつもとは違うのです」

    「なんか」とは何か、具体的にどうなのか、ようやく本題にたどり着き、次に「いつからですか」と尋ねます。

    「ちょっと前から」

    ああ、またもやでましたよ、「ちょっと」という名の曲者が。

    先日の患者さんは「ちょっと前」に当院を受診したとおっしゃいましたが、それは2年前のことでした。ちょっとの時間は伸び縮みするのです。わが身を振り返っても、「ちょっと待って」「ちょっとそこまで」。1日何度「ちょっと」を口にしていることでしょう。「ちょっと」とはどれくらいの時間、距離をさすのでしょうか。そもそも「ちょっと」とは、なんでしょう。

    《ちょっと》
    ①わずか「ちょっと少ない」「ちょっと変だ」 ②軽い気持ち「ちょっとお茶でも」 ③まあまあ、結構「ちょっといい感じ」 ④(否定語を伴って)「ちょっとわかりかねます」 ⑤軽い呼びかけ「ちょっとそこの人」。

    「ちょっと」を漢字で書くと、一寸。一寸は一尺の10分の1で、約3.03cm。「寸」は尺貫法の長さや丈の単位でもあるけれど、「一寸の油断もできない」という使いかたをするように、ごくわずかな数や量をも表しています。問題は「ちょっと」の感覚が時代とともに変わってくることにあるのです。

    残り1,353文字あります

    会員登録頂くことで利用範囲が広がります。 » 会員登録する

    • 1
    • 2
  • next
  • 関連記事・論文

    もっと見る

    関連書籍

    関連求人情報

    もっと見る

    関連物件情報

    もっと見る

    page top