【Q】
肝切除の際,肝機能からみて予定残肝が小さい場合,以前は門脈枝塞栓術を施行し,残肝を肥大させた後,肝切除を行ってきました。最近,欧米から,新たな計画的2期的肝切除法であるALPPS手術(associating liver partition and portal vein ligation for staged hepatectomy)が報告されました。しかし本法は,門脈枝塞栓術に比べ予定残肝の再生が早いという長所がある一方,高い合併症発生率や手術関連死亡率という短所があります。帝京大学ちば総合医療センター・田中邦哉先生に,その実際や適応,有用性,問題点についてご教示をお願いします。
【質問者】
海道利実:京都大学医学部肝胆膵・移植外科学准教授
【A】
大量切除が必要で,残存予定肝容量の不足が予想される肝切除では,術後の肝不全を回避する目的で,切除予定肝の門脈塞栓術(portal vein embolization:PVE)を併用した肝切除,切除を計画的に2回に分割してインターバルでの肝再生を期待した計画的2期的切除,あるいはこれらの併用が従来選択されてきました。
PVE併用切除,2期的切除のいずれも,残存予定肝容量の増大のためにはPVEと切除あるいは初回と2回目の切除のインターバルを最低でも3~4週あける必要があり,この間での遺残腫瘍の増殖・全身性散布が問題とされていました。また,これらの手段でも十分な残存肝容量を得られず,最終的に肝切除を断念せざるをえない場合もあり,このような病勢進行あるいは残肝容量不足で治療の完遂できない率は,頻度の高いものでPVE併用切除では40%程度,2期的切除では30%程度と報告されてきました。
2012年に論文上初めて報告されたALPPS手術は,従来の2期的切除+門脈結紮術に,切除予定としている肝切離面での実質離断を初回手術の際in situで加えるといった新しい2期的切除術式です。従来法での門脈の塞栓効果や切除による再生刺激に加えて,ALPPS手術では,肝実質離断を加えることで,肝内門脈間吻合の形成阻害,切除予定肝側の一部で生じる完全阻血域あるいはうっ血域の早期萎縮,あるいは肝再生刺激となる各種サイトカイン・成長因子の作用などにより,早期に予想以上の残肝容量増大が得られることが特徴的です。9~14日のインターバルでの残存予定肝容量の増大率は80%程度に達し,急激な容量変化を惹起することが知られています。
これは3~4週のインターバルでのPVE併用切除の増大率である20~40%程度,あるいは従来法の2期的切除の増大率である30~60%に比較しても高率です。この短いインターバルのため,遺残腫瘍の増殖が起こりにくく腫瘍学的に有利と予想され,また,1度の入院で2回の手術が完了する,あるいは術後早期に化学療法の再導入が可能であるといった利点が挙げられます。
ALPPS手術は従来,疾患によらず切除肝容量あるいは残存予定肝容量のみでその適応は論じられてきましたが,最近の報告ではALPPS手術後の重篤合併症発生のリスク因子として,年齢60歳超,原発性癌(肝細胞癌,胆管細胞癌)といった肝転移以外の疾患,胆道再建を伴う術式,などが知られるようになり,現時点でのALPPS手術の良い適応は,疾患としては多発大腸癌肝転移,年齢は少なくとも70歳以下,さらに2回の手術の短いインターバルを考慮してPSの良好な症例と考えられています。
ALPPS手術の最大の問題点は,報告当初より論じられてきた高い合併症発生率,手術関連死亡率です。Clavien-Dindo分類Ⅲ以上の重篤な合併症の生じる頻度は40%程度,手術関連死亡率は12~29%と報告されています。ただし,meta-analysisの解析では90日以内あるいは在院死亡率は11%(8~16%)と報告され,これは,従来法での2期的切除のhigh volume centerにおける死亡率である6~7%と大きな差はなく,特に最近のALPPS手術に関する報告では,90日以内死亡例を認めないといった報告が増えてきています。
ALPPS手術の特性を理解し,肝手術に精通した施設で行われれば,非常に有用な治療戦略であることは間違いなく,わが国でも前向きに取り組んでいく意義は大きいと思います。