【Q】
5~7月などの気温が比較的高い時期に,冬のようなノロウイルスによる流行性嘔吐下痢症が発生することはありうるか。また,夏場に食中毒ではない嘔吐下痢症の原因として,ノロウイルスが関与することがあるか。 (愛媛県 O)
【A】
冬季に比較すれば,可能性は低くなるが,ノロウイルスに起因する食中毒事件が発生する可能性はある。夏場でも,油断はできない。
ノロウイルスの感染形態は,糞口感染である。一言に糞口感染と言っても,感染者の嘔吐物や排泄物に含まれるウイルスがヒトからヒトに伝わって感染するヒト─ヒト感染,ウイルスが食物に付着するなど,ウイルスで汚染された食物を摂取することで感染する食中毒など,いくつかの感染経路がある。
冬季のノロウイルスによる食中毒は,1事件当たりの発生患者数が1000人を超えることもあるため,冬季集団食中毒の原因ウイルスとして広く知られている。しかし,ノロウイルスは,食品の中や表面で増殖することはできない。ヒトに感染するノロウイルスは,ヒトの体内で非常に効率よく増殖する。その結果,感染者からは大量のウイルスが,排泄物とともに排出される。排出されたノロウイルスが,何らかの経路を通って食品を汚染すると,食中毒が起きるのである。
以前は,二枚貝の生食がノロウイルス食中毒の主因と考えられていたが,研究の結果,ヒトからヒトへノロウイルスが伝わることにより感染するヒト─ヒト感染が主な感染ルートであることが明らかになってきた。
(1)季節別ノロウイルスによる胃腸炎発生
まず最初に,季節ごとのノロウイルスによる感染性胃腸炎患者数の変化を見てみよう。国立感染症研究所感染症疫学センターの感染症発生動向調査における感染性胃腸炎発生状況とウイルス分離状況を示す(図1)(文献1)。このグラフは,全国3000箇所の小児科定点病院当たりの感染性胃腸炎の発生者数を縦軸に,そして1月1日の週を第1週として,年末までを週単位で横軸にとり,週ごとの感染性胃腸炎の流行状況をモニターしたものである。2004年から2014年までの動向を示している。感染性胃腸炎の定点当たり患者数は,第32~39週(8月から9月にかけて)に谷間になり,第45週以降53週以前(11月から年末にかけて)でピークに達する。この傾向は,2004年から2014年までの10年間,変化がない。
ノロウイルスの流行シーズンは,流行が谷間を迎える夏を区切りとして,9月1日から翌年8月31日までを1シーズンとして数える。ノロウイルスによる感染性胃腸炎で小児科を受診する患者の数は8月から9月に定点当たり2人前後となる。しかし,夏場になっても,ノロウイルスによる感染性胃腸炎患者数がゼロになることはない。
ここには,不顕性感染者のデータは示さないが,全人口の5~10%がノロウイルスの不顕性感染者であるとする報告もある。食中毒や胃腸炎などの顕性感染以外に,不顕性の感染によってもノロウイルスは,ヒトからヒトに感染し,ウイルスが絶えることのないよう,バトンをつないでいるのである。
(2)季節別ノロウイルスによる食中毒発生
次に,厚生労働省の食中毒統計により,原因別月別食中毒患者数変化を見てみよう。図2には,2011・12年シーズン,2012・13年シーズンの食中毒患者数の変化を食中毒総数,細菌性食中毒,ノロウイルス食中毒にわけてプロットした。ノロウイルス食中毒の患者は,5月頃より細菌性食中毒患者数を下回り,6月から10月までは細菌性食中毒患者のほうが多い状況が続く。しかし,11月頃からノロウイルス食中毒患者数が急速に増加することにより,ノロウイルス食中毒患者は,2011・12年には約3000人まで上昇,2012・13年には約8000人まで上昇し,それぞれシーズン中の食中毒患者数の最大値に達した。
この患者数の多さがノロウイルス食中毒の特徴である。このグラフからノロウイルス食中毒患者数は8月から9月に最も少なくなることがわかる。グラフではゼロになっているように見えるが,実際にはゼロにはならない。冬場に比べれば非常に少ないのであるが,夏場でもノロウイルスに起因する食中毒はなくならないのである。
まとめると,夏場は,ノロウイルスによる感染性胃腸炎患者数,ノロウイルスに起因する食中毒患者数ともに,冬季に比較すれば激減し,患者数は底を打つ。しかし,完全にゼロになることはなく,少ないながらも発生は続いているのである。
また,顕性感染者のグラフには現れない不顕性感染者は,シーズンを通して全人口の5~10%ほど存在しており,夏場でもヒト─ヒト感染によりノロウイルスを絶やすことなく,維持し続けている。夏場は,ノロウイルスに感染する機会は減少するかもしれないが,不規則な生活や,夏の暑さで体力を落とすとノロウイルスによる感染性胃腸炎を発症する可能性もある。健康管理には十分に気をつけ,食物に触れる前には,必ず流水で手を洗う習慣を保つよう心がけることにより,ノロウイルス感染症を防ぐようにして頂きたい。
1) 国立感染症研究所[http://www.nih.go.jp/niid/ja/10/2096-weeklygraph/1647-04gastro.html]