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あくびの生物学的意義と伝染機序

No.4724 (2014年11月08日発行) P.56

鈴木郁子 (東邦大学医学部生理学講座統合生理学分野講師)

有田秀穂 (東邦大学医学部生理学講座統合生理学分野名誉教授)

登録日: 2014-11-08

最終更新日: 2016-10-18

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【Q】

あくびは(1)眠い時,過度に疲れている時,(2)退屈な時,(3)極度の緊張状態の時,(4)寝起き,(5)他者のあくびを見た時,に起きるとされる。
あくびの生物学的意義と伝染する原因はどのようなものか。 (埼玉県 I)

【A】

あくびはゆっくりした深吸気とこれに続く呼気運動からなる。あくびをする際,ヒトはよく背伸びをするが,あくびとは口腔の開大,眼瞼閉鎖,体幹四肢の伸展運動,流涙,勃起などを伴う協調運動である。
あくびの経過は最大で10秒ほどである。ヒトは平均して1日に7~8回あくびをする。あくびは昼夜の境目で最も起こりやすく,起床後2時間以内に生じるあくびが全体の15%,就寝前2時間以内が23%を占める。
一般に,能動的な行動よりも受動的行動の最中に起こりやすく,読書やテレビを見ている時,授業中などに起こることが多い。一方で運転中にもみられる現象である。
(1)あくびの生物学的意義
あくびの生物学的意義の第一は「覚醒」である。このことは起床直後にあくびが起こることからも推測できるが,実験的にも証明されている。麻酔・自発呼吸下のラットの視床下部室傍核にグルタミン酸などを微量注入した場合,あくび反応が起こる(文献1)。したがって,室傍核はあくびの中枢ということができる。
このとき,皮質脳波の低振幅速波化に特徴づけられる覚醒反応も誘発される。覚醒と関連のあるオレキシンを室傍核に微量注入した場合にも同様のあくび・覚醒反応が誘発される(文献2)。オレキシンのあくびに伴う覚醒経路として,視床下部外側野から室傍核を中継し,青斑核あるいは前脳基底核へ投射する経路が示唆されている。
あくびは不随意的に生じることが多いが,故意に起こす場合もある。将棋の升田名人は大事な一手を打つ前にあくびをすることで有名であった。高浜虚子も一句を詠む前にあくびをしたと言われている。ヒトに限らず,猛獣は獲物に飛びかかる前にあくびをする。
このように,ヒトはあくびが脳を覚醒化することを経験的に知っているようである。授業中にあくびが起こるのは退屈な状況下でなんとか起きていなければならないという必死のあがきととらえることもできる。脳研究のパイオニア,時実利彦も「あくびをする学生は決して非難されるべきではなく,脳を懸命に覚醒化しようとしているわけで,むしろその努力を賞賛すべきである」と述べている。
あくびのもう1つの生物学的意義は「警鐘」である。長距離ドライブや深夜の残業で連発するあくびは疲労と眠気が起きていることへの警報と受け取れる。起立性低血圧,ショック,心筋梗塞などの循環器疾患においても倒れる前に生あくびの回数が頻回になる。いずれも脳血流低下によって発生する一種の警告反応ということができる。車酔いで嘔吐する場合も事前にあくびが止まらなくなり,あくびが警鐘となっている。
(2)あくびが伝染する原因
「永き日や 欠伸うつして 別れ行く」とは夏目漱石の句である。このように,あくびは伝染する。他人のあくびを見ないまでも,あくびのことを読んだり聞いたり,考えたりするだけでもあくびが生じる。
あくびは種々の哺乳類でみられるが,あくびの伝染は,ヒトあるいはチンパンジーなど霊長類でのみ確認されている。ヒトでは生後2歳以降に起こると言われている。したがって,明確な自己認識,模倣,高度な共感,感情移入などが合わさった現象ととらえることができる。

【文献】


1) Sato-Suzuki I, et al:J Neurophysiol. 1998; 80(5):2765-75.
2) Sato-Suzuki I, et al:Behav Brain Res. 2002; 128(2):169-77.

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