【Q】
50歳代,男性,上場企業役員。1年ほど前から腰痛があり,ここ数カ月でしびれが増強して耐えがたくなり,整形外科専門病院を受診しました。そこではMRI検査,ミエログラフィーを受け,脊柱管狭窄症で早めに手術が必要と診断されました。患者は手術に不安を感じたため,産業医の整形外科に相談したところ,手術は不要,メンタルなケアが必要であると言われました。これに納得できず,続いて大学病院を受診すると,そこでは椎間板ヘルニアと診断され,手術は不要,局所安静で数カ月で改善すると言われたようです。
三者三様の診断と治療方針に,患者は困惑し,医療不信に陥っています。脊柱管狭窄症および椎間板ヘルニアに対する診断・治療についてのガイドラインはないのでしょうか。 (京都府 K)
【A】
腰部脊柱管狭窄症は中高年に発症することが多く,腰椎椎間板ヘルニアは青壮年に好発する疾患とされています。日本脊椎脊髄病学会での定義では,腰部脊柱管狭窄症は「脊柱管を構成する骨性要素や椎間板,靱帯性要素などによって腰部の脊柱管や椎間孔が狭小となり,馬尾あるいは神経根の絞扼性障害をきたして症状の発現したもの」と記載されていますが,腰部脊柱管狭窄症のガイドライン(文献1)では診断基準,定義は定まっていません。一方,腰椎椎間板ヘルニアの定義(文献2)は,「椎間板の髄核物質が後方の線維輪を部分的あるいは完全に穿破し,椎間板組織が脊柱管内に突出あるいは脱出して,馬尾や神経根を圧迫し,腰痛・下肢痛および下肢の神経症状が出現したもの」とされています。
両疾患とも,腰痛だけでなく神経圧迫によりその神経が支配する下肢の痛み・しびれ,時に筋力低下をきたします。間欠跛行(歩行中,神経症状が悪化して歩けなくなり,前屈み姿勢で休むと症状が改善し再び歩き出せる状態)は脊柱管狭窄症の典型的な徴候として知られています。症状が重篤になると,下肢の異常感覚や,頻尿・尿失禁などの排尿障害もきたす場合があります。
診断はMRI(図1)で比較的容易ですが,画像上神経の機械的圧迫が必ずしも神経症状を引き起こさないこともあり(文献3),症状と画像所見が一致するかどうかが重要です。
腰部脊柱管狭窄症のガイドラインでは,腰椎椎間板ヘルニアを合併するものは除外されていますが,両疾患とも病態として椎間板の膨隆を伴うことで,明確に疾患を区別することが困難な場合もあります。脊柱管狭窄症の特徴として,前屈位にて症状が改善する点においてヘルニアと症状が異なることが挙げられます。近年,腰部脊柱管狭窄症の診断補助を行うためのサポートツール(文献4)も考案され,日常診療に活用されています。
治療においては内服薬やリハビリテーションなどの保存的治療が原則です。腰椎椎間板ヘルニアはヘルニアが自然縮小,消失することがあるため,通常,約3カ月間は保存的治療を行います。一般にプロスタグランジンE1誘導体製剤,非ステロイド性抗炎症薬が使用されています。近年,神経障害性疼痛に対して,プレガバリンや弱オピオイドなどが使用可能となり,薬物療法の幅が広がっています。
手術的治療の選択時期に関してはガイドラインで明確にされていますが,一般的に,椎間板ヘルニアでは,保存的治療が無効で耐えがたい疼痛や,下肢の脱力,排尿障害があるときに,脊柱管狭窄症では,高度の歩行障害,あるいは両下肢のしびれや排尿障害がある場合には保存治療のみでは症状の改善が得られないことも多く,最終的に手術が選択されます。
下肢神経症状の程度や間欠跛行の距離など客観的な所見だけでなく,日常生活で不自由と感じる歩行距離制限は千差万別であるため,ADL指導や生活面での要望も重視されます。また,難治性疼痛患者では,身体的治療のみでは解決できない心身の問題も指摘されており,心理的治療法として,認知行動療法や精神療法などの慢性疼痛に対するアプローチの有用性も報告されています。
手術的治療に関しても内視鏡手術,顕微鏡手術など体に優しい方法も開発されていますが,利点と欠点を有しています。個々の患者に最も適した治療方法について脊椎脊髄病の専門医とよく相談すべきであると考えます。
1) 日本整形外科学会診療ガイドライン委員会, 他, 編:腰部脊柱管狭窄症診療ガイドライン2011. 南江堂, 2011, p18-9.
2) 日本整形外科学会, 他, 編:腰椎椎間板ヘルニア診療ガイドライン. 改訂第2版. 南江堂, 2011, p23-4.
3) Jensen MC, et al:N Engl J Med. 1994;331(2): 69-73.
4) 紺野慎一:日腰痛会誌. 2009;15(1):32-8.