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粘菌の情報伝達メカニズム

No.4752 (2015年05月23日発行) P.63

中垣俊之 (北海道大学電子科学研究所生命動態研究分野 教授)

登録日: 2015-05-23

最終更新日: 2016-10-18

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【Q】

イグノーベル賞を受賞した,粘菌の情報伝達メカニズム研究の詳細をご教示下さい。
(長野県 M)

【A】

粘菌が迷路などのパズルを解くことを解明したことに対して,2008年,イグノーベル賞認知科学賞が与えられました。その2年後,粘菌が関東圏の鉄道網を設計する能力があることを解明したことに対して,イグノーベル賞交通計画賞が与えられました。受賞したのは,筆者らの研究グループです。粘菌は真核単細胞生物で,原生生物の仲間とされています。しかしながら,実験に用いられた変形体は多核細胞体であり,生活環の中の成長増殖のステージにあたります。変形体は,単細胞のアメーバ様生物ですが,数ミリ厚のシート状に広がって数メートルにもなることがあります。
数センチの大きさの迷路をつくり,その中に適当な大きさの変形体を閉じ込めて迷路一杯に広がるのを待ちます。迷路の入口と出口にあたる場所にエサを置くと,粘菌はその2つのエサ場所にどんどん集まってきます。すると同時に,迷路の通路に血管のような管を残して,1匹としてのつながりを保ちます。やがて,迷路の最短経路にだけ管を残します。このことから,粘菌には迷路の最短経路を導く計算能力があることがわかりました。ただし,いつも最短経路が残るわけではなく,2番目に短い経路が残ったり,複数の経路が残ったり,あるいはすべての経路をなくして2つの個体に分裂することもあります。
粘菌の管には,その中を流れる原形質の流量に対する適応性があります。よく流れる管は太くなり,他方で流れの悪い管は細くなります。この適応性に注目して単純化した力学模型を構成したところ,粘菌の迷路解きをよく再現しました。
計算方法の特性として強調されるべき点は,粘菌には全体を見渡す中枢器官はなく,個別の管が自らの流れに応じて,いわば身勝手に太さを変えるだけなのにもかかわらず,全体として最短経路が得られることです。この計算法が,カーナビの経路探索に利用できることが示されています。
さらに,関東圏の都市の配置をまねてエサ場所を置くと,粘菌はその間をつなぐ管ネットワークをつくります。そのとき,経済性,断線に対する連結補償性,連絡効率などの機能性の点で,粘菌ネットワークはJRの鉄道網と同程度でした。このしくみも,先の力学模型で理解できます。

【参考】

▼ 中垣俊之:粘菌 その驚くべき知性. PHP研究所, 2010.
▼ Nakagaki T, et al:Nature. 2000;407(6803):470.
▼ Tero A, et al:Science. 2010;327(5964):439-42.
▼ Tero A, et al:J Theor Biol. 2007;244(4):553-64.
▼ Nakagaki T:Phys Rev Lett. 2007;99(6):068104.
▼ 中垣俊之, 他:物理学ガイダンス. 日本評論社編集部, 編. 日本評論社, 2014, p189-216.

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