医師になって6年目。臨床経験もほどほどに積み、自信に満ち溢れていた頃、東京近傍で地域の中心的な総合病院に勤務中、カフェオレ斑がみられ、やや遅れのある生後5カ月の女児に出会った(写真:左臀部から大腿部にみられるカフェオレ斑。左下は母親の指)。
当時、既に某大学で小児科教授の診察を受け、教授から「この子が歩けるようになるとは思わないように」と聞かされており、母親はかなり落ち込んでいた。母親から希望を奪うその言葉に若き日の私は憤り、「いったい教授は何ていうことを言うのか!」と発奮、「お母さん、一緒に前向きにやっていこう!」と励まし合ったことを覚えている。やや遅れはあるものの、少しずつ彼女なりに発達した。痙攣も起こしたが繰り返すことはなく、歩くこともできるようになった。ただ、発語はあるもののスムーズな会話とはいかなかった。
その後、比較的稀な染色体異常であることがわかったりする中で、少しずつその教授が仰った意味が私にもわかるようになってきた。母親の気性は、教授の言ったような言葉に発奮するタイプであった。教授の言葉は「過度な期待よりは現実をみつめ、しっかりと生きるように」というメッセージ、との私なりの解釈にたどり着くまで数年かかった。
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