【Q】
最近,放射性ヨウ素治療抵抗性の転移性甲状腺分化癌に対して分子標的薬が保険収載され,広く使用されつつあります。しかし,自分で使っていてもこの薬剤にはadverse eventsが多く,その適応は大変難しいと思います。使用されている症例数はうなぎ上りの状態ではありますが,甲状腺分化癌のbiological characterから考えて,私はいささか濫用されているのではないかと危惧しております。施設によっては突然一気に2桁の症例をentryさせるというような,臨床腫瘍学を少々勉強した私からすれば,とてもありえないようなことが起きております。海外ではこういった薬は非常に高価で,むしろ投与に慎重であるように見受けられる反面,日本では保険収載されているのだからと気軽に使いすぎているように見えてなりません。今一度,国立がん研究センター東病院・田原 信先生に,分子標的薬をいつ導入すべきか,そしていつそれをやめるべきか(これらは同等に大切であると愚考いたします)をご教示頂ければ幸いです。
【質問者】
伊藤康弘:隈病院外科医長/治験・臨床試験管理センター科長
【A】
甲状腺癌に対する分子標的薬の適応を考える場合に最も重要な点は,投与が患者のベネフィットに結びつくか否かだと思います。臨床試験では,Response Evaluation Criteria in Solid Tumors(RECIST)にて12カ月以内の増大の病変を有する(10mmの病変が15mm以上あるいは長径20%増大,リンパ節は短径の増大)患者が対象となりました。この中には,比較的ゆっくり増大し,症状もない患者も含まれるかと思います。しかし,症状がなく,また急激な増大を示していないことから,半年以上の経過観察をすると,患者に以下に示すような不利益をもたらすこともあります。
(1)腫瘍の増大に伴い,動脈血管,皮膚浸潤をもたらし,出血のリスクが高くなる。
(2)高齢,濾胞癌の患者において予後不良になる〔ヨード不応な分化型甲状腺癌に対するlenvatinib versus placeboの第3相試験(SELECT試験)のsub解析にて,lenvatinib投与群と比べてplacebo群は予後不良であり,投与を遅らせることで予後不良になることが示されました〕。
(3)腫瘍の増大に伴い,患者のQOL悪化が予想される(骨転移による脊椎麻痺,骨・気管浸潤のリスクなど)。
したがって,患者の状態を適正に評価した上で,投与の適応を決めていくべきかと思います。
投与中止のタイミングは,継続が患者のメリットにつながらない以下の場合であると考えます。
(1)毒性が強く出現し,減量・休薬を繰り返しても患者が耐えられない場合。
(2)明らかに腫瘍増大している場合。
(3)腫瘍が著明に縮小し,皮膚瘻孔を呈して出血のリスクが高くなる場合。
増大を示した場合に,用量を増量して継続することが患者にとってメリットがあるかどうかはいまだ不明なので,患者にその意義が確立していないことを説明し,慎重に治療継続を検討する必要があります。