【甲状腺全摘術の適応】
甲状腺乳頭癌に対する治療の第一選択は外科手術であるが,初回手術において治癒切除可能な範囲で正常甲状腺の温存が受容されるか,全摘すべきか,という議論には長らく答えが出ていなかった。主な理由として,現在まで甲状腺切除範囲と予後に関する十分なエビデンスがなかったことがある。したがって,欧米では術後フォローを内科医が行うことが多く,局所サーベイに必要な超音波検査費用も高額であるなど,局所再発を許容しにくい環境であることから,ほぼ全例で全摘が推奨されていた。一方,わが国はアイソトープ治療(RAI)の施設数が少なく,全摘しても必ずしもRAIができないこともあって,可能な限り甲状腺を温存する手術が主流であった。
しかし近年,後ろ向き研究の集積によって,術前のリスク分類に従って適応を選べば,葉峡部切除でも良好な予後が得られることがわかってきた。2010年発行のわが国初の『甲状腺腫瘍診療ガイドライン』1)では,腫瘍径4cm以上,腺外浸潤,リンパ節転移,または遠隔転移があれば高リスク群として全摘,それ以外は葉峡部切除でも予後は悪化しない,とされた。
欧米の代表的なガイドライン(GL)である米国甲状腺学会GLは,従来腫瘍径1cm以上で全摘を推奨していたが,15年の改訂2)で全摘の適応がわが国のGLと同様となり,甲状腺切除範囲に関する国際的な議論はほぼ収束した。
【文献】
1) 日本内分泌外科学会・日本甲状腺外科学会, 編:甲状腺腫瘍診療ガイドライン2010年版. 金原出版, 2010.
2) Haugen BR, et al:Thyroid. 2016;26(1):1-133.
【解説】
松津賢一 伊藤病院外科医長