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AIDS/HIV感染合併肺疾患の外科治療における留意点 【待機的手術においてはCD4陽性Tリンパ球数を問題とせず,ウイルス量を減らしてから手術する】

No.4813 (2016年07月23日発行) P.55

長阪 智 (国立国際医療研究センター病院第二呼吸器外科 医長)

登録日: 2016-07-23

最終更新日: 2016-12-16

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【Q】

日常診療で時に遭遇するAIDS/HIV感染症の発生動向はどのような状況でしょうか。また,抗HIV治療/抗HIV療法ガイドラインをふまえ,その肺疾患に対する外科治療における指標と指針について,診療・手術で気をつけるべきポイントも含め,国立国際医療研究センター・長阪 智先生のご教示をお願いします。
【質問者】
山本 滋:昭和大学医学部外科学講座呼吸器外科学部門 准教授

【A】

まず,human immunodeficiency virus(HIV)感染者が日和見感染/腫瘍(AIDS指標疾患)のいずれかを発症することをAIDSと定義します。
厚生労働省エイズ動向委員会によると,2015年1年間に新規HIV感染者とAIDS患者が合わせて1434件報告され,同年末の時点ではHIV感染者1万7909件,AIDS患者8086件で合計2万5995件と報告されました(文献1)。
しかしHIV感染者の多くは,感染後のかなり長い期間,特定の症状がないため病院を受診しません。検査を受けて,初めてHIV感染と判明します。一方,AIDSの状態では有症状で病院を受診しますので,この報告の中でHIV感染者数は明らかに氷山の一角と考えられます。
HIVはCD4陽性Tリンパ球に感染するレトロウイルスで,感染後,徐々にCD4陽性Tリンパ球は減少します。このCD4陽性Tリンパ球数は宿主の免疫応答能の残存量とされ,通常は500~1000/μLで,200/μL未満になると免疫不全状態となります(文献2)。
外科治療の指針として,1993年に米国疾病管理予防センター(Centers for Disease Control and Prevention:CDC)がCD4陽性Tリンパ球数を基準に指針を出しました。しかし,この指針に合致せずとも手術が安全に行われた報告が散見され,現在に至っても,抗HIV治療ガイドライン(文献2)/HIV感染症「治療の手引き」(文献3)/米国保健福祉省(United States Department of Health and Human Services:DHHS)ガイドライン(文献4)にも明確な外科手術指標/指針は出ていません。
私たちが参考としているのは,2006年のHIV感染者の外科手術に関する2編の論文です。それによると,CD4陽性Tリンパ球数は手術結果に関係しないこと(文献5),HIV viral load(ウイルス量)が多い症例では,周術期は大きな問題を認めなかったものの,予後は不良であること(文献6),が報告されています。
以上の報告をふまえ,当院での手術を後方視したところ,同様の結論が得られました(文献7) 。現在,待機的手術においては,(1)CD4陽性Tリンパ球数を問題としない,(2)ウイルス量が多い場合には,抗HIV療法(antiretroviral therapy:ART)を開始して,ウイルス量を減らしてから手術を行う,としています。
実際の手術は,通常のB・C型肝炎などと同様に,スタンダードプレコーション(standard precaution:標準予防策)を遵守して行っています。
ちなみに,医療従事者の職業曝露としてのHIV感染成立のリスクは,経皮的曝露では約0.3%,粘膜曝露では約0.09%とされ,B型肝炎ウイルスの場合の約30%,C型肝炎ウイルスの場合の約2%と比してはるかに低いリスクです。
曝露後の最初の対応は十分な局所洗浄で,感染の可能性が否定できない場合には速やかな(2時間以内)抗HIV薬の予防内服が推奨されています(文献3) 。予防内服薬は院内に常備しておくべきでしょう。抗HIV薬の進歩により,現在は,不治の病ではなく慢性疾患ととらえられるまでに生命予後は改善しています。

【文献】


1) 厚生労働省エイズ動向委員会:平成27(2015)年エイズ発生動向─概要. [http://api-net.jfap.or.jp/status/2015/15nenpo/15nenpo_menu.html]
2) 平成27年度厚生労働科学研究費補助金エイズ対策研究事業 HIV感染症及びその合併症の課題を克服する研究班:抗HIV治療ガイドライン.
[http://www.haart-support.jp/guideline.htm]
3) 日本エイズ学会HIV感染症治療委員会:HIV感染症「治療の手引き」第19版.
[http://www.hivjp.org/guidebook/hiv_19.pdf]
4) 米国保健福祉省(DHHS)ガイドライン.
[https://www.aidsinfo.nih.gov]
5) Cacala SR, et al:Ann R Coll Surg Engl. 2006;88(1):46-51.
6) Horberg MA, et al:Arch Surg. 2006;141(12):1238-45.
7) Nagasaka S, et al:Gen Thorac Cardiovasc Surg. 2011;59(11):743-7.

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