15年前、初夏の午後のスポーツ外来に中学2年生の生徒が来院した。坊主頭で見るからに野球部かな、と思いながら問診を始めた。「肘が痛くて思うように投げられません」という言葉と肘の可動域制限から、深刻な野球肘が考えられた。X線所見では肘関節の変形性変化が進行しており、成長期野球肘の重症例と診断した。経過を聞くと、小学3年生の時から投手としてチームの中心的な役割を担い、期待も大きく未来の夢に向かって頑張っていたが、6年生になってから肘痛、手術、長期間のリハビリなど過酷な経験をしていた。顔を洗うことも困難な肘の状態で、なお高校野球のマウンドで投げたいという野球少年の希望にどう応えられるのか、何ができるだろうか、と私自身が途方に暮れてしまったことを覚えている。
野球が国民的スポーツとして盛んになってきた影で多くの子どもたちが肘を傷め、時には絶望感を味わっている。本来、野球肘は予防できるものであり、予防しなければならない最重要スポーツ障害と言える。1990年代に成長期投球障害予防のために医学会から提言が出されたが、現場には浸透してこなかった。スポーツ界と医療界との連携が乏しかったからである。
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