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(9)  感染症学[特集:臨床医学の展望]

No.4740 (2015年02月28日発行) P.53

二木芳人 (昭和大学医学部内科学講座臨床感染症学部門教授)

登録日: 2016-09-01

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  • ■変貌する感染症との対峙

    感染症学は変貌の学問である。毎年のように新しい感染症(新興感染症)が登場し,制圧できたかと思われた感染症が形を変えて再び私たちの脅威となることもある(再興感染症)。2014年は,デング熱やエボラ出血熱でこのことを思い知らされた我々であった。
    そもそも新興・再興感染症は遠い国の,それも途上国などでの話である,と我々は思っていた。それが69年ぶりのデング熱国内発症の騒動で揺さぶられ,エボラ出血熱や中東呼吸器症候群(Middle East respiratory syndrome:MERS)の国内侵入に怯え,それらが決して対岸の火事ではないことを思い知ったのではないだろうか。
    しかし考えてみれば,足下の国内でも重症熱性血小板減少症候群(severe fever with thrombocytopenia syndrome:SFTS)の発症が報じられ,より卑近な例では再興感染症としてとらえるべき薬剤耐性菌の増加は深刻な局面を迎えつつある。
    耐性菌感染症については,新規抗菌薬の開発の停滞と裏腹であり,新しい治療薬の登場が期待できない今日,既存の抗菌薬を適正使用するために,わが国独自のantimicrobial stewardship programの構築が模索されている。
    さらに,ワクチンなどによる感染症の予防戦略もようやく国策として取り組まれるようになり,感染症の診療や研究は,遅ればせながらようやく新たな世紀に覚醒しつつある。

    TOPIC 1

    新興・再興感染症

    デング熱やエボラ出血熱が,平和ボケのわが国の感染症を取り巻く諸状況に一石を投じたことは2014年の括目すべき出来事である。遠い国の出来事,海外旅行の時にだけ気をつければよいと思っていた感染症が,きわめて身近に感じられ,恐れられただけでなく,感染症を生業とする研究者や臨床医が,これらに今後どう向き合えばよいのかを考えさせられたからでもある。
    エボラ出血熱の場合,日本の研究者や臨床医は,国境なき医師団やWHO(World Health Organization),CDC(Center for Disease Control and Prevention)の研究者や臨床医,看護師のように積極的に現地に赴くことはほとんどなく(かくいう私もその1人だが),自衛隊機は流行国の隣国まで個人防御具を輸送しただけで,そそくさと舞い戻ってきている。かつてのイラク戦争の折に膨大な資金だけを提供し,現地にはずいぶん遅れて人道支援だけに出掛けた自衛隊の活動を彷彿とさせるものである。必ずしも蛮勇をふるって死地に赴くことが正しいとは思わないが,隔靴搔痒そのもののような気がする。デング熱なども現地で学べることが多くあるのではないかと思うが,もっと若い感染症専門医や研究者には現地に赴き,学ぶ気概を持ってほしいような気もする。
    いずれにしても驚くべきことは,海外ではたちまち新しいエボラ出血熱の治療薬やワクチンの開発が国家機関の主導で開始されていることで,いずれも組織的な臨床試験が2015年2月現在進行中である。わが国でもたまたまインフルエンザの治療薬として製造承認を取得していたファビピラビルが,治療薬候補のひとつとして注目されているが,その実力は現時点では不明である。つまり,ニーズがあれば,そして採算を度外視すれば特定の病原微生物に対する治療薬やワクチンの開発は,現代の科学力をもってすれば比較的たやすくできるということであろうか? しかし,やはり膨大な開発費が求められる高価な治療薬が,現地の人々の命を救うために無制限に投入されるとは考え難い。おそらく,コストパフォーマンスの高いワクチンが現地での対策の中心となるのであろう。
    WHOが示すように,経済的な指標で国や地域を区分して比較した場合,感染症の健康に関する重みづけ(すなわち有病率や死亡順位)が根本的に異なる。先進国では,死因の上位に高齢者の死因の主たるものとして肺炎がある以外,途上国のように乳児の気管支炎や下痢性疾患,あるいはAIDSが上位に来ることはなく,様々な意味での感染症と人々との関わりの格差が感じられ,エボラ出血熱の案件も同様に考えさせられるところは大きい。しかし,様々な要因を総合的に考えてみれば,おそらく今後数十年間,いやもっと早い時間で感染症のグローバル化が進むのではないか,と筆者は思っている。新興あるいは再興感染症は,もはや途上国や新興国に限定される問題ではなく,先進国においても同様に痛みを分かつべき問題であり,その解決のための様々な技術供与や人的・物的資源の投入を我々は惜しむべきではないと考えられる。

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