自閉症スペクトラム(ASD)は「他人からやってくる志向性に気づかないこと」を基本障害とする
その結果として起こる「自他未分」が精神病理の基底にあり,対人相互性の障害や想像力の障害など,代表的な行動特性として現れる
ASDが発達障害であるのに対し,統合失調症は定型発達の経験世界の中に引き起こされる精神病エピソードであり,いくつかの重要な鑑別点が存在する
本稿では,自閉症スペクトラム(autism spectrum disorder:ASD)の精神病理,言い換えるなら,かの人たちがどのような世界に住んでいるのかについて概説し,統合失調症との鑑別のポイントを示す。
まずは診断について少し触れておく。ASDの見立ての際に,とりあえずの指針となるのがWing1)の提唱した三徴,①対人相互性の障害,②コミュニケーションの障害,③想像力の障害,である。ちなみに,米国精神医学会の診断基準であるDSM-5(2013年)2)では,①と②が「A. 社会的コミュニケーションおよび相互的関係性における持続的障害」にまとめられ,③は「B. 行動・興味・活動の限定的で反復的なパターン」として記載されている。
こうした診断基準は簡便であり,専門外の人たちにも使いやすいという利点がある反面,それらが具体的にどのような症状や行動特性を指しているのかは見えにくい。乱用されると,「空気が読めない」であるとか「マニアックな趣味がある」ということから短絡的にASDと決めつけたり,さりげない所見の中に現れる特性を見逃したりすることにもなる。外からのでき合いのクライテリアを適用するという今流行りのやり方は,手続きを終えてめでたく診断が確定するのはよいが,それきりになってしまいがちである。彼らがどのような体験をし,どこでうまくいっていないのかが見えてこないので,そのあと,どのように関わってよいかがわからない。それゆえ,もう少し彼らの世界に沿った理解が必要になる。
結論を先取りすることになるが,ASDの精神病理の基本は,他人からやってくる志向性に気づかないということにある3)。そこから「自他未分」という彼らの世界を理解するための出発点が導き出され,診断基準にある諸特性もそこに収まる。
ASDの抱える生きづらさの大本にあるのは「他人からやってくる志向性に気づかないこと」である。「志向性」というのは,何も難しいことではなく,「考える」「意図する」「命じる」など人間固有の活動である。人や対象に向かうベクトルのようなものをイメージするとわかりやすい。物はもちろん,植物や動物にも認められない動きである。ASDでは他人の志向性をキャッチするのに難がある。それゆえ人が何を思い,何を求め,何をたくらんでいるかがピンとこない。
対人領域における志向性の原型は,次の3つである。すなわち,見つめる,呼びかける,そして触れることである。これらは出生後,乳児が最初に母親から受け取る志向性である。自閉症の子どもは,こうした他人からやってくる志向性に気づきにくい。視線が合わない,呼びかけても振り向かない,抱っこしても重たく感じるといったことが,発達歴の中でしばしば確認される。
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