ここ数年前からの諸外国と日本とのワクチンギャップの解消により、医療現場、特に小児医療の現場では、ワクチンで防げる病気(VPD)の明らかな減少という、疾病構造の大きな変化が出てきている。このような感染症予防・管理の視点からはきわめて望ましい状況下で、今後念頭に置かなければならないのが「予防接種の普及によるリスクとベネフィット」である。
まずベネフィットとしては、VPDそのものの減少、VPDにより健康被害を受ける人の減少が挙げられる。次いでリスクとして挙げられるのは、VPDの認識と怖さへの意識の希薄化、予防接種後に起こるワクチン接種と無関係な有害事象の顕在化、そしてワクチン無用論の台頭などである。
予防接種は治療的医療でなく、健康な人に対して行う予防的医療であり、予防のために行った医療により健康被害をこうむることがあってはならない、との認識が強いことから、予防接種と直接の因果関係のない有害事象であっても、人為的な大きなミスが介在したとの疑問を持たれやすいという現状がある。また、VPDの減少により、予防接種を受けない場合のデメリットが実感できなくなっていることもあり、このリスクについても考えておかねばならない。
残念ながら、日本の予防接種制度に対する信頼度は決して高くない。そのため、医学的には想定内の事故情報でさえ過剰に報道される傾向にあり、トラブルにも発展しかねない要素を持っていることから、「予防接種の普及によるベネフィット」として見えにくくなった「VPDの減少」という大切な事実を、広く意識してもらう必要がある。
専門家から見るときわめて望ましい状況の一方で、一般から見ると重要な事実の形骸化により起こる問題は、その後に必ず訪れる危険性の増加につながることになる。
我々は、過去からの医療の進歩における歴史の認識と評価、医療の不確実性の認識と評価、医療と安全の重要性に対する正しい認識と評価などを、常に念頭に置いた事実を発信していかねばならない。