(秋田県 F)
興味深い症例をご提示頂きましたが,1つ教えて頂きたい点があります。経過は突然の発症だったでしょうか。急性発症の単関節痛であれば,石灰沈着症や滑液包炎がより示唆されます。もちろん今回の“高齢者”“圧痛の部位にX線で石灰化が認められる”“炎症反応高値”“ステロイドで劇的に改善した”というエピソードも,ご指摘の通り,「ピロリン酸カルシウムによる偽痛風」などの石灰沈着症を鑑別疾患の上位に押し上げるかと考えます。
カルシウム結晶が沈着する病態はピロリン酸カルシウムのほか,シュウ酸カルシウム,塩基性リン酸カルシウムがあります。いずれも関節内,関節外に結晶沈着を生じます。ピロリン酸カルシウムは関節内をやや好み,塩基性リン酸カルシウムは関節外をやや好むとされています。教科書には,「ピロリン酸カルシウムは軟骨に沈着しやすく,関節周囲には線状に沈着する。塩基性リン酸カルシウムは動脈,皮下,脳,心臓弁膜,筋肉などの軟部組織に沈着しやすい。皮膚筋炎や多発筋炎,全身性硬化症,透析患者での石灰化沈着は塩基性リン酸カルシウムによることが多い。塩基性リン酸カルシウムは関節周囲の滑液包,腱に沈着しやすい。丸い塊として沈着し,肩関節の石灰化ではミルウォーキーショルダーとして知られている。偏光顕微鏡で結晶は見えないため,塩基性リン酸カルシウムの証明はアリザリンレッドSによる染色が必要となる」という記載もあります1)。
ピロリン酸カルシウムの関節外への沈着は,単純X線で恥骨結合の線状に見える石灰化として経験するかと思います。石灰化がピロリン酸カルシウムによるのかどうかを明らかにするためには顕微鏡による同定が必要になりますが,提示された写真(図1)の石灰化は線状に見えますので,その可能性は十分にあるかと思います。
ピロリン酸カルシウムが沈着する機序のポイントは,生体内でエネルギーの貯蔵・放出を担うATP(アデノシン三リン酸)にあります2)。ATPは細胞間の情報伝達のエネルギーとして利用されるため,ATPの一部は軟骨細胞内から細胞外に移動します。
ATPの細胞外への流出はANKHという蛋白で調整されており,このANKHは英国における家族性ピロリン酸カルシウム沈着症の研究で発見されています。細胞外に流出したATPはENPP1という膜蛋白によりPPi(無機ピロリン酸)とADP(アデノシン二リン酸)に加水分解され,結果として細胞外基質のPPi濃度が上昇します。
本来,PPiは石灰化や骨化の阻害因子で,濃度がちょうどよいと細胞外基質での石灰化は阻害されます。しかし,過剰になるとPPiはカルシウムと結合してピロリン酸カルシウムとなり,濃度が不足すると塩基性ピロリン酸カルシウムが形成されます3)。マグネシウムイオン(Mg)はPPiを2Piへ変換する作用があるためにMg欠乏があるとPPi濃度は高くなり,また,2価/3価Feイオンはカルシウムとの結合を促進することからヘモクロマトーシスではピロリン酸カルシウムの結晶形成が促進されます4)。こうしたことから,60歳未満におけるピロリン酸カルシウム沈着症では,低Mg血症をきたすGitelman症候群,鉄過剰となるヘモクロマトーシス,高Ca血症となる副甲状腺機能亢進症,相対的に無機ピロリン酸が増えてしまう低フォスファターゼ血症のスクリーニングをという意見もあります。具体的には,Fe,トランスフェリン,フェリチン,Ca,Mg,ALP,PTHをチェックします4)。軟部組織に沈着したピロリン酸結晶はDAMPs(damage associated molecular pattern molecules)としてnod-like receptor protein 3(NLRP3)インフラマソームを活性化し,IL-1βなどの炎症応答が惹起されることで偽痛風発作を誘発します5)。
このNLRP3インフラマソームの活性化は,DAMPsによって障害を受けたミトコンドリアが微小管を介して小胞体近傍に運ばれるというプロセスを経ます(図2)。コルヒチンは微小管の形成を阻害しますので偽痛風にも効果を示し,NEJMではステロイド関節注射に続く治療選択肢となっています(わが国では保険適用外)。
最近は,運動器の超音波検査も感度の高い検査として注目されており,例えば,膝関節のピロリン酸カルシウム沈着症を診断する感度/特異度は超音波で96%/87%,X線で75%/93%,顕微鏡で77%/100%という報告もあります6)。画像検査や病態メカニズムも含めて,ピロリン酸カルシウム沈着症は大変興味深いトピックです。
【文献】
1) West SG:Rheumatology Secrets. 3rd ed. Mosby, 2013.
2) Rosenthal AK, et al:N Engl J Med. 2016;374 (26):2575-84.
3) Firestein GS, et al:Kelley and Firestein's Textbook of Rheumatology. 2-Volume Set. 10th ed. Elsevier, 2016.
4) Bijlsma JWJ, et al, ed:EULAR Textook on Rheumatic Diseases. 1st ed. BMJ, 2012.
5) Misawa T, et al:Nat Immunol. 2013;14(5):454-60.
6) Filippou G:Clin Exp Rheumatol. 2016;34(2): 254-60.
【回答者】
陶山恭博 JR東京総合病院リウマチ・膠原病科医長
岸本暢将 聖路加国際病院Immuno-Rheumatology Center医長