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【医院建築探訪(2)〈豊島産婦人科 (東京・杉並区)〉】妊婦・家族の皆さんに自宅にいるような安らぎを感じてもらいたい

No.4932 (2018年11月03日発行) P.14

登録日: 2018-11-01

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“クリニックらしくないクリニック”というコンセプトから、受付・待合スペースには木をふんだんに用い、リビングのような雰囲気の空間を目指した。

産婦人科や産科を標榜する医療施設・専門医の減少が社会問題化して久しい。厚生労働省の医療施設調査によると、この20年で3割以上も施設数が減少している。対応策として厚労省は分娩施設を集約化する方針を打ち出しているが、自宅からアクセスしやすい施設での出産を望む妊婦は少なくない。連載第2回では、こうしたニーズに応えるべく、地域で安心して出産に臨める空間を目指し新築したクリニックの実例を 紹介する。【毎月第1週号に掲載】

豊島産婦人科は東京都杉並区、JR西荻窪駅からほど近い閑静な住宅街で約80年にわたり周産期医療を提供している。現在のクリニックは、豊島壮介さん(写真)が祖父、父に続く3代目院長に就任した2014年、所有地に木造2階建ての新棟を建築したものだ。

妊婦健診が外来の約8割を占める出産に特化したクリニックであることから、「新築するに当たり、外来も病棟も自宅にいるような安らぎを感じることができる空間にしたいと考えていました」と豊島さんは語る。

出産への不安を少しでも和らげたい

クリニックの顔となる受付・待合室は、床をメイプル材を使用したフローリングにし、壁やカウンター、本棚にも同じ色調の木材を採用。トーンが統一されているため、落ち着きを感じる(写真上)。椅子は医療施設用のものではない、滑らかな曲線が美しい木製のデザイナーズチェアを数タイプ設置した。東側に設けられた窓からの採光が心地良く、間仕切りが可動式のパーテーションのため、天井高はそれほどではないものの、明るく開放的なスペースが確保されている。

妊婦健診に臨む妊婦や家族の大半は、胎児の成長を楽しみにする一方で、不安を抱えながら待ち時間を過ごす。こうした妊婦や家族の気持ちに寄り添い、少しでも前向きにクリニックを訪れてもらえるようにという豊島さんの想いが込められた空間だ。

個室は1階、2階合わせて9つ。静かな環境を確保するため、外来や分娩室から離れた敷地奥に配置した。

写真1は出産後に家族で宿泊できるバス・トイレ付の特別室。琉球畳を使用した落ち着いた和室となっている。窓の外には和風の箱庭が広がり、縁側に座ってくつろぐこともできる。ほかの個室にはテラスが設けられており、1階は全部屋から外に出られるように設計されている。2階は、豊島さんの自宅庭側に面した個室にベランダを設置。逆側の外に出られない一部屋は南向きの角部屋にして窓を2カ所設けるなど、どの部屋も快適に過ごせるような工夫がなされている。

分娩室と手術室はやさしい色調の内装に

豊島さんは周産期医療で重要な「安心」というコンセプトから、クリニックの随所にこだわりを盛り込んだ。エントランス(写真2)は、足元の視界が悪い妊婦への配慮から、タイルとフローリングの段差をなくし、フラットにした。段差がないと汚れやすいため清掃の手間はかかるが、妊婦の利便性を優先した。

分娩室(写真3)や手術室は落ち着いた気持ちで出産・手術に臨めるよう天井は水色のクロス、扉はピンクにするなどやさしい色合いが基調の内装でまとめた。
このほか安全面への配慮として、セコムのセキュリティシステムを導入し防犯対策を徹底。また病棟の出入り口には、連れ去り防止のためにゲートを設置している(写真4)。

木造でも鉄筋と遜色ない耐震性を確保

豊島産婦人科の設計・施工を手がけたのはハウスメーカーの住友林業(https://sfc.jp/ie/)。複数のハウスメーカーを検討した結果、最も自分のコンセプトを実現してくれそうな住友林業をパートナーに選んだ。

「妊婦さんがリラックスできるクリニックにしたいと考えていたので、やさしさやぬくもりといった木の良さを前面に打ち出した住友林業さんのプランが一番イメージに近い提案でした。担当者の方が施主と一から一緒にプランを練り上げていくというスタンスだったことも大きかったと思います。分娩施設に必要な機能を盛り込むとなるとある程度の制約は出てくるのですが、『こうでなくてはいけない』という固定観念をあまり持たず、自宅を建てるような感覚で自由に考えていくことができました」(豊島さん)

しかし設計段階で東日本大震災が発生。耐震性の問題から、鉄筋コンクリートや鉄骨など木造以外の構造を含め改めて検討することになった。検討の結果、住友林業の「ビッグフレーム構法」であれば、木造で十分な耐震性を確保できることが分かった。この構法は「梁勝ちラーメン構造」を採用しているため、上下階の通し柱が不要で、各階の柱の位置を同じにする必要がなく、間取りの自由度が高いという特徴がある。

「震災を受け、鉄筋にしようかとも悩みましたが、木造でも遜色ない耐震性があるということで、最初のコンセプト通り進めました。出産した方から『居心地がよかった』という声をいただくこともあり、その判断が正しかったと感じています」(豊島さん)

「庭のケヤキのように大きく育ってほしい」

クリニックがある杉並区では少子化が進み、出生率は都内の平均を下回る。豊島産婦人科では、多くの利用者が周辺住民にもかかわらず、10年以上も毎年300件近い分娩を手がけている。月1回は待合室を パーテーションで区切ったスペースを活用し、母子の同窓会を開催。地域に根差した産婦人科としてコミュニケーションの場を提供しており、「代々豊島産婦人科で出産しています」という住民も少なくないという。

豊島産婦人科の新棟と旧棟に挟まれた庭にはケヤキの大樹が2本聳えている。一本は初代院長(祖父)の墓に生えていた若木を2代目院長(父)が植え替えたもの。もう一本は豊島さんが小学生のころに学校から鉢植えで持ち帰ってきたもので、数えきれないほどの生命の誕生を見守ってきた。

「出産には不安がつきものです。妊婦さんや家族の気持ちを和らげ、くつろいで過ごしてもらいたいと考え、新棟を建築しました。当院で生まれた赤ちゃんたちも、個室から見えるケヤキのようにすくすくと大きく育ってほしいというのが私の願いです」(豊島さん)

 

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