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興味が失われると記憶も失われる[エッセイ]

No.4940 (2018年12月29日発行) P.66

豊泉 清 (豊泉クリニック)

登録日: 2018-12-30

最終更新日: 2018-12-20

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私が医学生だった昭和30年代はドイツ語が主流の時代だった。臨床講義では教授がドイツ語の単語を連発し、医局に入るとカルテはすべてドイツ語で書かされた。

医学生時代に真面目で勉強熱心な同級生が、ゲオルグ・クレンペラーの『KLINISCHE DIAGNOSTIK』(臨床診断学)と題するドイツ語の原書の輪読会を企画し、私も誘われて仲間に入った。毎週1回、同好の士が集まり、割り当てられたページを和訳して披露するという方針で発足した。どのくらい続いたか記憶は定かでないが、青春の情熱を傾けて本気で取り組んだ。

ほぼ時期を同じくして英語の医学書の海賊版も出回りはじめた。若い世代の講師は英語の専門用語を臨床講義で連発しており、私も遅ればせながら英語の文献の読解に努めはじめた。つまり、ドイツ語から英語への移行期だった。遺憾ながら、ドイツ語も英語も中途半端かつ表層的な知識で終わってしまい、まったく身に付かなかった。

では、約60年前に愛用し、書棚の奥で埃をかぶっていた辞書や参考書を引っ張り出して、興味深いドイツ語の表現をいくつか披露してみたい。

Wo der Anteil sich verliert, verliert sich auch das Gedächtnis.
「興味が失われると記憶もまた失われる」

最も印象に残っている文章のひとつである。「なかなか覚えられなくて……」と嘆くのは、最初から積極的な学習意欲がない証拠と言える。学習という行為の本質を衝いている名言だと思っている。学生時代にこのドイツ語を紙に書いて書斎の壁に貼り、朝に晩に眺めていた想い出がある。

Wer fremde Sprachen nicht kennt, weiss nichts von seiner eignen.
「外国語を知らない者は自国語についても何も知らない」

ゲーテの箴言集に載っている言葉である。

Ein Raum ohne Bücher ist ein Körper ohne Seele.
「書物の無い部屋は魂の無い身体のようなものである」

解説なしでもなるほどご尤もと納得できる。

Die Augen sind größer als der Magen.
「目は胃より大きい」

ご馳走を食べて満腹した後で、目の前に新しい料理が運ばれてくるとまた食べたくなる。人間の欲望には際限がない。

Wer nicht arbeiten will, der soll auch nicht essen.
「働かざる者は食うべからず」

終戦直後はソ連共産党のスローガンのように解釈されていたが、実は聖書に載っているキリストの言葉である。

Zeit ist Geld, aber wer viel Zeit hat, braucht viel Geld.
「時は金なり。時間をたくさん持っている人は金もたくさん必要である」

これもまた左様ご尤もと納得できる。

Geld lieber ohne Taschen, als Taschen ohne Geld.
「金が入っていない財布より、財布に入っていない金のほうがよい」

これもまた説明抜きで同感できる。

Für die Reichen hat Gott die Medizin gemacht, für die Armen die Gesundheit.
「神様は金持ちのために薬を創り、貧乏人のために健康を創った」

貧乏人が病気になると薬が買えないから、神は貧乏人に健康を授けた。神は万人に公平である。

Je schöner die Wirtin, desto teuer der Wein.
「マダムが美しければ美しいほどワインが高くつく」

そのような雰囲気では、つい飲み過ぎてしまうのが男性客の心情である。

Lieber zum Wirt als zum Apotheker.
「薬屋へ行くより飲み屋へ行くほうがよい」

薬代より飲み代が払えるほうが健康的である。「酒は百薬の長」のドイツ版である。

Bitter dem Mund, dem Magen gesund.
「口には苦いが胃には健康」

ドイツ語にも「良薬口に苦し」とそっくりの格言がある。中国語は、良薬苦口、忠言逆耳(良薬口に苦し、忠言耳に逆らう)と、口と耳を一対にして表現している。

Das Pferd lobe nach einem Monat und das Weib nach einem Jahre.
「馬は1カ月後に、女房は1年後に褒めろ」

ヨーロッパの農耕民族の間では、馬の買い物は当たり外れが多いから、名馬か駄馬か、買ってから1カ月後に評価するという風習があったそうである。女房はもらってから1年後に……という句と対になっている。

Wen die Götter lieben, der stirbt jung.
「神々が愛する者は若くして死ぬ」

美人や才能豊かな者は早く死ぬ。佳人薄命や才子多病と一脈相通じる表現である。

Jeder Müller leitet das Wasser auf seine eigene Mühle.
「粉屋はみな自分の水車小屋に水を導く」

即座に「我田引水」が連想できそうな表現である。

Ein Unglück kommt selten allein.
「不幸が単独で来ることは滅多にない」

日本では「弱り目に祟り目」という。悪事はえてして重ねて起こりがちである。中国には「福無双至、禍不単行」という格言がある。福は2つ続けて来ない。禍は単独では来ないと訳せる。

Borgen macht Sorgen.
「借金が心配をつくる」

借金をすると心配の種が増える。借金のBorgen(ボルゲン)と心配のSorgen(ゾルゲン)が韻を踏んでいる。

Je weniger Ausbildung, je mehr Einbildung.
「教養が少ないほど自惚れが多い」

教養のAusbildung(アウスビルドゥング)と自惚れのEinbildung(アインビルドゥング)が韻を踏んでいる。

Almosen geben armut nicht.
「施しをしても貧乏にはならない」

「情けは人の為ならず」に相当するという解説が添えてある。

Die Zuschauer sehen mehr als die Spieler.
「観客は演技者よりも演技がよく見える」

「傍目八目」のドイツ版である。

Glück im Spiel, Unglück in der Liebe.
「賭け事で幸福、恋愛で不幸」

ギャンブルで大金を儲けたが、恋人に振られたという状況だろうか。「天は二物を与えず」のドイツ版である。

ドイツ人というと生真面目で堅物な民族という先入観を抱きがちだが、60年後に格言を読み直してみて予想外にユーモア精神に満ち溢れているのに改めて驚かされた。

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