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新連載に向けて[プライマリ・ケアの理論と実践(1)]

No.4943 (2019年01月19日発行) P.8

丸山 泉 (日本プライマリ・ケア連合学会理事長)

登録日: 2019-01-17

最終更新日: 2019-01-16

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「複雑な医療課題」を抱える患者は増えている
包括的に対応するためには専門性に裏付けられたプライマリ・ケアの基盤強化が求められる
プライマリ・ケアの認識の共有を

丸山 泉(日本プライマリ・ケア連合学会理事長)

PROFILE
1975年久留米大卒。89年医療法人豊泉会理事長、96年社会福祉法人弥生の里福祉会理事長。2012年日本プライマリ・ケア連合学会理事長

本号より日本プライマリ・ケア連合学会監修の新連載「プライマリ・ケアの理論と実践」がスタートする。初回では同学会理事長の丸山泉氏にインタビュー。同学会が抱える課題や新連載の狙いを聞いた。

家族、地域単位で診療する

─プライマリ・ケアとは何ですか。

プライマリ・ケアは各国の医療制度やその歴史などの背景によって異なりますが、ヘルスケアの中で特に医療を中心とするものと考えていいでしょう。患者さんが病に遭遇した時に最初にかかる医療、慢性疾患患者のかかりつけの医療、さらに家族、地域を視野範囲として長いスパンで全人的に診療するものです。

大きな枠組みとして、水道や住宅環境、トイレなどのインフラを含めた必要不可欠なヘルスケアに関する「プライマリ・ヘルス・ケア(PHC)」という考え方があります。PHCは1978年、世界保健機関(WHO)と国際連合児童基金(UNICEF)の合同会議が採択した「アルマ・アタ宣言」で定義されました。本学会の前身の1つである日本プライマリ・ケア学会はこれを受け、同年に発足しています。PHCというとこれまでは、低所得国での貧困や環境、ワクチン接種、感染症に関する問題がトピックでした。ところが近年、高所得国でも格差などによるヘルスケア、高齢化に伴う医療問題など、新たな課題が広がってきており、低所得国、高所得国の両方でPHCの重要性が認められています。

─同学会の理事長として意識していることは。

過去の経験から方向性を定めるだけでは、将来の医療ニーズには対応できません。今は混乱と言って良いくらいの若い先生方の熱い議論を次の世代の責任ある主張と受け止めて、未来のプライマリ・ケアのあり方を考え、学会の活動を最終的に決定するのが私の役目です。

本学会は日本プライマリ・ケア学会、日本家庭医療学会、日本総合診療医学会の3学会が合併して、2010年にスタートしました。合併後、大きな問題はありません。診療所や中小病院、大学病院といった働く場所によってニーズが異なり、当然主張も異なりますが、一体感を阻害するものではありません。むしろ、違いを議論し、創造性のある方針を生むことが大切だと考えています。

─新専門医制度では、184人が総合診療科の専攻医となりました。今後についてどう考えていますか。

総合診療専門医は本学会が既に運営している家庭医療専門医と近似的なものだと考えています。少数でもこの領域に志を持った若い人が入って来れば、我々は精一杯学びの場や研究の機会を提供したいと考えています。

言うまでもなく、専門医の育成は専門的な教育を担える人材の数によって、そのキャパシティーが決まってきます。総合診療に関しては、学びの場と指導者がまだ少ないので、一気に拡大するのは無理があります。

専門研修プログラムはまだ1年目です。あと3年くらいはこのまま走らせて、年500人位を目標にして、まずはこの領域のあり方を確立する。その後、「かかりつけ医」として長くプライマリ・ケアに従事してきた先生方を迎え入れるなど、新たな段階に入る可能性はあるでしょう。もちろん、学会が決めるものではありませんが。

専門医のゴールや制度が未確立の段階で経験のある先生方を迎え入れてしまっては混乱を招き、方向性を見失いますから、現在の進め方でいいのではないでしょうか。

一貫した学びの流れが必要

─今後の学会の目標を教えてください。

学会の本来の役割の一つである、プライマリ・ケアの教育とともに、日本のプライマリ・ケアを強化するためのエビデンスを積み重ねていきたいと考えています。

もう1つの目標は、プライマリ・ケアの専門性について、国民の共通の概念として啓蒙・普及することです。臓器別専門医の資格をとり、かかりつけ医になっていけば、プライマリ・ケアを支えられるという考えに基づいた、プライマリ・ケアの専門性を否定する意見が多くあります。しかし我々は、プライマリ・ケアには専門性があり、一貫した学びの流れが必要だと考えています。例えば、がんになった。高血圧や糖尿病の持病もある。そこに呼吸器の感染症を起こす。その患者の妻は認知症になっている─。背景には介護や経済的な問題も存在している、こうした「複雑な医療課題」は、社会構造の変化とともに増加しています。

プライマリ・ケアの専門医として診療する上では、幅広い診断能力、治療能力はもちろんですが、それ以上に患者さんが持つコンテクスト(文脈性)や複雑な医療課題を的確に感知する能力が求められます。

─日本の医療の目指すべき姿をどう考えますか。

日本の医療は、諸外国に比して極めて上手くいっていると思います。ただし、今後の持続可能性においては疑問があります。現在も、人口減少や人口構成の変化などによって医師の地域偏在、診療科偏在、診療施設の偏在が顕在化してきています。医療職の疲弊問題もあります。これらを医療界だけで解決することは難しく、社会全体で課題を捉えなければなりません。

このままで困るのは国民です。例えば、医療の過疎地であっても安心して子育てができるような、未来性のある医療を守るために、医療の基盤としてのプライマリ・ケア強化に資することが本学会の大きなテーマです。

医療はインフラの1つで、ファンダメンタルです。地域によって享受するものの差が広がることはおかしい。臓器別専門医を主とする現在の医療提供体制の構造を変える必要があると考えています。ただし、医療は継続しているものですから慎重さが求められます。

網羅的に理解してほしい

─新連載に込める思いは。

家庭医療専門医は患者さんから「先生の専門は何ですか、心臓ですか、胃腸ですか」とよく聞かれます。国民全体が臓器別医療の思考になっているのです。

さらに問題なのは、医療界の中ですらプライマリ・ケアについて認識を未だ共有できていないことです。

現在、日本のプライマリ・ケアを担っていただいているかかりつけ医の先生方は日々の診療で精一杯だと思います。そういう先生方が、診療の合間にこの連載を読んで、プライマリ・ケアへの共有感が深まることを期待しています。さまざまな場面でのプライマリ・ケアを網羅的に理解していただきたいです。

基盤としてのプライマリ・ケアと臓器別専門医療の連携が両輪として上手くいってこそ、国民は最適な医療を受けることができます。プライマリ・ケアは、最先端医療と同等に、現場での生の反応が得られる、やりがいのある仕事です。
(聞き手・上野ひかり)

新連載「プライマリ・ケアの理論と実践」とは
プライマリ・ケアの考え方や取り組みの実際について、地方から都市部まで、第一線で活躍している先生方にご執筆いただきます。次週の1月26日号では、病む人へのケアを目的とした「患者中心の医療の方法〈総論〉」(加藤光樹・まどかファミリークリニック院長)を掲載予定です。

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