著者: | 生坂政臣(千葉大学医学部附属病院 総合診療科 教授) |
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判型: | A5判 |
頁数: | 144頁 |
装丁: | 2色部分カラー |
発行日: | 2022年03月22日 |
ISBN: | 978-4-7849-6343-0 |
版数: | 1 |
付録: | - |
私が研修医の頃には概念の片鱗すらなかった診断推論が今日, 日常的に語られるようになったのは, その普及の一端を担った者として感慨深い。しかし, 診断推論が学問として確立していくにつれ, 関係者しか理解できないニッチな領域に入りつつある懸念も抱いている。
診断方略と銘打った総合診療系の書籍にはSemantic Qualifierや種々のヒューリスティックバイアス名などが飛び交い, 難解な症例がこれらの外来語でさらに理解困難になっては本末転倒である。私自身, 今も昔も実際の診断の大半は直感で行っており, 方略を意識することはほとんどない。誤解を恐れずに言えば, これらの診断方略は後付けの大盤解説のための方便と考えてもらってよい。そもそも方略だけで診断できる疾患はひとつもない。診断はきわめて領域特異性が高く, ある領域の診断に長けた熟練医が別の領域で同様の診断力を発揮できるわけではないことからも明白である。
私は1990年代後半に聖マリアンナ医科大学の総合診療部門の立ちあげに参画し,当時はまだ珍しかった外来カンファレンスを始めた。種々の診断方略が世に出る前であり,単に誤診症例を共有しただけの日々の勉強会であったが,1年足らずで参加者の診断力は飛躍的に向上した。このことは診断教育に方略は必須ではなく, 誤診の診療過程を忠実に再現した司会進行と, 指導医のエクセレンスとして明日から使えるtake-home messageがあれば十分だということを示している。
一方で, 医師国家試験受験直後の研修医の診断能力が高くないことからわかるように, 診断には知識とスキルの両者を必要とするが, 知識の個別性は確かに自明であるものの, 他領域に転移可能な診断スキルが存在するのであれば, 知識の補足を前提に領域を超えた診断力を獲得しうる。一般に転移可能なスキルとは, コミュニケーションや情報リテラシーなどの領域横断的な汎用性が明らかなスキルと, 個々のプロフェッショナルな仕事の文脈で発揮されるスキルに分類される。後者のスキルは経験によって獲得される暗黙知であるが,それらを方略として言語化できれば,領域特異性を超える教育効果が得られるかもしれない。
本書を手に取って下さった読者に推論方略を後回しにして, まずは今日からできる直感診断を提唱したい。大切なのは直感を繰り返し修正しながら, その都度, 間違った理由を仲間と言葉にすることである。第1章でその具体を説明し,第2章以降で症例を挙げながら, 診断方略についてできるだけの言語化を試みた。次の症例検討会や診察から診断推論とやらをちょっとやってみよう, という気持ちになって頂ければ幸いである。