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小関三英(9)[連載小説「群星光芒」162]

No.4749 (2015年05月02日発行) P.70

篠田達明

登録日: 2016-09-08

最終更新日: 2017-02-20

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  • 「お前さんは『耶蘇伝』なるキリシタン本を高野長英に呉れてやった。長英は白をきったが、その本にはちゃんとあんたの署名がはいっていたんだ。どうじゃ、この確たる証拠から遁れることはなるめえ」

    あなたが一瞬ぎくりとしたので鳥居耀蔵は勝ち誇ったように膝をすすめました。

    「そこで相談だが、お前さんが例の『尚歯会』に顔を出すたび、そこで何を相談し合ったか話の中身をそっくりこちらに教えて貰えれば、あんたの署名入りの御禁制本はなかったことにしてもいいんだぜ。どうじゃ、ここでひと肌脱いではくれまいか」

    「御免こうむる」

    あなたは即座に断りました。すると耀蔵は潰れた鼻先をゆがめて、

    「ま、そう早まらず、じっくり思案するのが身のためだ」

    と軽くいなすように手をふり、

    「近いうちに改めて返事を伺いにきますぜ。その折には、もう少しましな返答を願おうか」

    そういい残すと顎をしゃくって小笠原貢蔵を促し、その場を立ち去りました。

    三英さんは頭脳が切れるだけあって神経過敏の御方です。いずれまた耀蔵は同じ要求を突き付けてくるだろう。そう思うと右足の骨髄炎が急に暴れだしたのではないかと思われるほどきつい痛みを覚えたそうです。一時は絶っていた阿片酒も飲みだしました。

    ――どのような目に遭おうとも耀蔵の脅迫には屈しまい。ましてや「尚歯会」の社中を裏切るものか。

    あなたの決意が几帳面な文字で覚え帖に書き残されています。

    わたしには三英さんの生きざまがあまりに頑なで、もう少し柔軟に物事に対処なさればよいのにと、もどかしく思うことがありました。ときには肩の力を抜いてくつろいでくださいと喉元まで出かかりましたが、町絵師の分際でそんなおこがましいことは口にできません。

    残り1,415文字あります

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