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高野長英(1)[連載小説「群星光芒」165]

No.4752 (2015年05月23日発行) P.68

篠田達明

登録日: 2016-09-08

最終更新日: 2017-02-20

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  • 「へい、毎度ありいっ」

    と頭を下げて勝手口を出た蕎麦屋は門前の人集りを見て棒立ちになった。

    大小二本差しの与力が十手を握りしめてこちらを睨んでいる。その後ろに鎖帷子を着た3人の出役同心が槍持ちと供連れを従えて身構える。門外の狭い路地にも長柄の十手を持った大勢の捕吏がびっしりと詰めかけていた。

    空の岡持ちを持ったまま震えている蕎麦屋に、さっさと失せろ、と言わんばかりに与力は手のひらで追い払った。

    蕎麦屋が門外へ消えると与力は敷石を踏んで玄関前に立った。そこはお尋ね者の沢三伯こと高野長英の隠れ家である。

    すでに夕闇が迫って辺りは薄暗い。

    与力は捕吏たち数人に目配せして玄関脇に待機させた。ついで赤熊とあだ名される剛腕の定廻りと、勇猛で評判の通称「御女郎亀」の2人に、庭へ回れ、と顎で合図した。その後ろに数人の捕吏が続く。残りの捕吏には、裏口へ往け、と命じた。すべて奉行所で決めた手順の如くである。

    どこにも逃げ場のない捕物陣を敷いたとみるや、与力は、ゆけっ、とばかり赤房付きの十手を高くかかげた。捕吏どもは足音を忍ばせ、じわじわと獲物に近づく。

    「む、猫の足音か?」

    座敷で書見をしていた長英は落葉を踏む気配に顔をあげた。

    「それともだれか庭に?」

    大柄な身を起こして立ち上がり、縁側から外をのぞいた。

    庭の茂みに怪しげな人影が動いている。

    「捕吏だ!」

    瞬間、身をひるがえして座敷に戻った。

    すかさず茂みの中から躍り出た赤熊が縁側から座敷に駆け上がる。

    続く御女郎亀も部屋へ突入する。

    「御用だ、神妙にせよ」

    赤熊が十手を振りかざすと、

    「貴様ら、犬め!」

    声をはりあげた長英は咄嗟に床の間の脇差をつかんだ。鞘を投げ捨て赤熊めがけて刃を突きつけた。その鋭い切っ先に赤熊は腹を抉られ、ぐわっ、と叫んでその場にうずくまった。

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