内閣府の調査によれば、日本の高齢者の半数以上が自宅で最期を迎えることを希望している。その受け皿となる在宅医療の体制整備は喫緊の課題となっている。しかし在宅医療は医師の負担が大きく、在宅に取り組む医療機関の数はここ数年頭打ちの状況にある。シリーズ第10回は、開業時に在宅医療に特化した支援サービスを導入し、医師が診療に専念できる体制を確保したクリニックの事例を紹介する。
在宅療養支援診療所(在支診)の施設数は2006年の制度創設以降、増加傾向にあったが、2014年からはほぼ横ばいの状態で、現在は約1万4000施設(図1)にとどまっている。
在宅医療が担う主な機能は①退院支援、②日常の療養支援、③急変時の対応、④看取り―の4つ。24時間対応による過重労働に加え、複雑な診療報酬、関連書類の作成など事務作業も多く、医師の負担が重いことが、在宅医療の普及を阻む要因と指摘されている。
また在支診が訪問診療を行う患者数は10人以下のケースが多く、現状のままでは増加が確実視される在宅ニーズに対応できるキャパシティはなく、多くの “在宅難民”が発生してしまう可能性がある。
在宅医療に取り組むクリニックと1施設当たりで診る患者数の双方を増加させるには、医師の負担をどのようにして軽減していくかが重要な課題といえる。
医師の負担を軽減する1つの手法として有用と考えられるのが、在宅医療に関する支援サービスの活用だ。東京・JR吉祥寺駅から徒歩10分の住宅街に2019年5月に開院した武蔵野みどり診療所は、(株)クラウドクリニック(https://cloudclinic.jp/service/)から在宅医療に関する事務作業、主に診療報酬算定に関するアドバイス・サポートを受けている。
同院は、医学部の同期医師3人が「患者に寄り添う医療」をコンセプトに掲げ、大学からほど近い場所に訪問診療を中心に提供するクリニックとして開設。地域の住民が気軽に相談できるアットホームなクリニックを目指している。
クラウドクリニックの在宅医療支援サービスを導入したきっかけについて、救急専門医で事務長を兼任する小野寺亮さんはこう語る。
「せっかく同期で開業するのだから理想のクリニックをつくりたいと思い、手作りにこだわりました。事業計画の立案から銀行との融資に関する折衝など全プロセスを自分たちだけで進めました。自分たちの診療スタイルを徹底するために、事務スタッフもほかのクリニックの“色”が極力ついていない人を採用しました。そこで問題となったのが、レセプト業務をどうするかということです。電子カルテメーカーからクラウドクリニックを紹介されたところ、我々のニーズにマッチしたサービスを提供してくれることが分かったので、すぐにお願いすることにしました」
在宅医療では診療後、クリニックに戻ってからカルテや書類の作成を行うため、事務作業の負担感が大きい。クラウドクリニックが昨年12月に在宅医療に取り組む医師に実施したアンケート調査(図2)では、事務作業が勤務時間内で大きな割合を占めていることが明らかとなっている。同社は在宅医療をサポートするため、クラウド型電子カルテとWEBサービス(チャット、ビデオ会議ツールなど)を介したカルテ記帳や書類作成、サマリー作成、診療報酬算定・チェックなど在宅に特化した事務作業のアウトソーシングを中心にクリニックのニーズに応じたサービスを展開している。
同院が導入しているのはアウトソーシングではなく、クラウドクリニックが新たに提供を始めた「初期教育研修支援」と「継続教育研修支援」という伴走型のサポートサービス。在宅医療の基礎知識や接遇の研修に加え、毎月の請求業務では、事務スタッフがカルテとORCAで作成したレセプトをクラウドクリニックの担当者にチェックを受けるなど、きめ細かなサポートが特徴だ。
「『カルテはこれでOKだけどレセプトにはこう書かなくては算定できない』などとメンターのように丁寧に添削、指導してくれるので、我々もスキルアップしていけるサービスだと思います。疑問が生じた場合にはその都度相談もでき、コストはかかりますが将来への投資という側面も含め、必要経費として納得できる範囲です。在宅の専門知識を持つパートナーがそばにいるような感覚で、とても心強いです」(小野寺さん)
同院が心がけているのは、患者本位の在宅医療の提供だ。訪問診療では1人につき約30分の時間をかけ、患者のニーズを丁寧に聞きだすスタイルをとっている。
「在宅医療では患者さんがどうしたいのか、その想いをしっかり汲み取って治療を進めていくことが重要になります。病気や治療の説明をすると『初めて聞いた』という人や誤解している人が多いことに驚きます。大病院では忙しくてなかなかできないその部分を、しっかりとフォローしてあげることが在宅医療の役目の1つであり、そのために医師が診療に専念できる体制を整えることが大切なのです」(院長の肥留川一郎さん)
開業から約4カ月が経ち、近医からの紹介など訪問診療の患者は順調に増加している。小野寺さんが今後の課題と捉えているのが在宅医療の水平展開だ。
「在宅クリニック同士の連携がまだまだ不十分なので、他科紹介のような形で別の専門の先生に診てもらえるような関係性を構築していきたいと思います。また、在宅でX線を撮影できると患者さんの情報量が一気に増えるのですが、1施設では負担が大きすぎて導入することは難しいので、複数施設でシェアできるような仕組みを作っていきたいと考えています」(小野寺さん)