【ビタミンB12投与に併せて,神経障害性疼痛治療薬を徐々に増量する】
橈骨神経麻痺として有名なのは,固いものと上腕骨とに挟まれて,目覚めると手関節と中手指節(metacarpophalangeal:MP)関節の背屈ができなくなる下垂手があります。このように橈骨神経麻痺としては運動麻痺が主で1),しびれなどの知覚障害は少ないのですが,上腕部における注射と手関節母指(橈)側の橈側皮静脈への注射による医原性のしびれや痛みがときどき生じます。
上腕部で皮下注射をするときは皮膚をつまんで皮下に注射すればほぼ神経障害を生じることはありませんが,予防効果を高めるためや副反応を減らすために予防接種やワクチンに対して欧米で主に行われているように,筋肉内注射が皮下注射よりも推奨されることがあります2)~4)。これは被接種者が痩せていて皮膚と神経の距離が短い場合,針の長さや打つ深さなどにより,橈骨神経に注射針が当たることがあります5)。
注射後にしびれや痛みが残った場合は,ビタミンB12を経口投与しつつ,痛みが強ければ急性期には非ステロイド性抗炎症薬を投与します。今回のご質問では既に8カ月を経過してしびれが同じ状態であるので,慢性化つまり神経障害性疼痛になっていると考えます。
既に投与しているかもしれませんがビタミンB12投与を継続しつつ,神経障害性疼痛治療薬のプレガバリン(リリカⓇ)かミロガバリン(タリージェⓇ)を少量から投与して徐々に増やしていきます。私見ですが,これらの薬剤はある投与量を超えると効く,つまり閾値があるという印象を持っています。さらに,ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液含有製剤(ノイロトロピン)は下行性疼痛抑制系賦活作用で痛みやしびれを抑える働きがあり,経口あるいは静注で併用を試みる価値があると考えます。
しびれに対して運動療法などのリハビリテーションが有効かどうかは難しいところですが,いろいろな慢性疼痛で運動療法の効果が認められており6),手首や指を曲げたり伸ばしたり簡単な運動療法を併用するほうがよいと考えています。
筆者が経験した注射による橈骨神経のしびれの一症例を供覧します。患者は45歳の男性で,ある年の10月頃に他院で肝炎ワクチンを右上腕に接種してから,接種部位から上腕,前腕,環指の背側にしびれをきたすようになり,5カ月経過した翌年の3月になってもまったく軽減しないために3月13日に筆者のクリニックを初診しました。手関節や指に運動麻痺は認めず,橈骨神経に沿ったしびれと,上腕部にTinelサインを認めました。
ビタミンB12とリリカⓇ25mg1日2錠を投与し,ノイロトロピン3mLを静注しました。3月19日,しびれは少し軽減し,リリカⓇを75mg1日2錠に増量,ビタミンB12とノイロトロピンを継続し右手をパラフィン浴で温める治療をしました。同時に1日3回右手関節と右手指を数回ゆっくり動かすように指導しています。4月2日にはしびれは初診時の75%に軽減,4月14日60%,5月14日50%,6月12日40%に軽減し患者は満足していました。以後は受診していません。
麻痺が改善するまでに1年以上を要するとの意見もあり1),8カ月しびれが固定していても,この症例のように少しでも改善する余地はあると考えます。
小児の橈骨神経麻痺は筆者には経験がありませんが,小児に対しては上記の薬剤のほとんどが使用できず,小児の治癒力を期待して経過を注意深く診るのがよいと考えます。
【文献】
1) 上羽康夫:手 その機能と解剖 改訂5版. 金芳堂, 2010, p255.
2) 矢野晴美:不活化ワクチンの皮下注射を再考する.
[https://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA03162_02]
3) 日本小児科学会:小児に対するワクチンの筋肉内接種法について.
[http://www.jpeds.or.jp/uploads/files/201908_kinnnikunaisesshu.pdf]
4) 予防接種ガイドライン等検討委員会, 監修:予防接種ガイドライン2019年度版. 予防接種リサーチセンター, 2019, p26.
5) 堺 春美:ワクチン接種のリスクマネージメント. 日医師会誌. 2000;123(6):837-48.
6) 慢性疼痛治療ガイドライン作成ワーキンググループ, 編:慢性疼痛治療ガイドライン. 真興交易, 2018, p128.
【回答者】
井尻慎一郎 井尻整形外科院長