ヴィンセント・ヴァン・ゴッホは、いったいどのような病気を病んでいたのか。統合失調症(当時の精神分裂病、シゾフレニー)をはじめ、多くの学説が今も幽霊のごとくさまよい続けている。ゴッホの癲癇(以下、てんかん)病・シゾフレニー説がそれらの中央に位置している。そのまわりには、精神医学の様々な様態が記述され、多くの病名が書かれてきた。
一方、筆者にとって、この問題の考察に先行した読書体験がある。まず、かの小林秀雄の『ゴッホの日記』への絶賛であり、これを文学とみても最高の傑作であると言ったこと1)。もうひとつは、『街道をゆく』2)の司馬遼太郎が、ゴッホの郷里のヌエネンを訪ねる紀行の中で、「ゴッホには世にいう狂気などは無く、ただ自分をイエス・キリストになぞらえた点に問題はあるが」と言ったこと。これらの記述が筆者に先入観を植え付けていたのかもしれない。
病跡学的にみると、ヴィンセント・ヴァン・ゴッホの最後の1年半における前後8回の精神変調が、てんかん性の発作であるという見解は、現在においても、一部に、いや、かなりの浸透率をもって容認されている事実がある。
ここには、当時既に登場していた非定型精神病やてんかん精神病が混在し、シゾフレニーを中心にして辺縁の精神病理に異論の多々があったのである。加えて、てんかんが発作のみではなく、持続性の病的表出をみせることも論議され、さらに異論を生じてきた理由となっている。
筆者はここ数年、ゴッホの「様態の現在」を思考してきた。まず本誌において、感応性精神変調に類する状態ではないかという立場で発表した3)4)。さらに、第60回日本病跡学会(2013年)において考察を進め、ヴィンセントのてんかん説に関する否定的見解を提出した5)。
以下、2つの代表的なゴッホの年譜からヴィンセントの病態について論考する。ゴッホに関する、てんかん説と、何らかの精神変調とする代表的な著述であるが、ここでは、年譜としてまとめられている、この二見6)、新関7)による論述の抜粋から比較検討してみる(表1)。
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