【百日咳菌感染症の確定は菌分離かLAMPでの特異的遺伝子の検出が有用で,ワクチン接種率の高いわが国では単血清による診断は解釈に注意が必要である】
百日咳診断における抗FHA-IgG抗体価の意義についてのご質問と解釈しました。ご指摘のように,参考にして頂いた「小児呼吸器感染症診療ガイドライン」では,抗FHA抗体については記載しておりません。
FHAは,百日咳菌以外のボルデテラ属〔ご指摘のパラ百日咳菌のほかにも,気管支敗血症菌(Bordetella bronchiseptica)やB. aviium〕にも,一部抗原性が共通しているFHA様線毛として存在している1)とされています。また,百日咳菌,パラ百日咳菌,気管支敗血症菌の3菌種間では,FHAをコードしている2つの遺伝子を相互に交換しあっているとの報告2)もあります。百日咳診断に際して,抗FHA-IgG抗体測定は特異度が高くないため,診断のフローチャートでは記載をしておりません。
百日咳の診断に抗PT-IgG抗体および抗FHA-IgG抗体が利用されてきましたが,百日咳含有ワクチンの接種率が高いわが国では,単血清での診断が難しいのは,ご存知の通りです。単血清で抗PT-IgG抗体価が低く抗FHA-IgG抗体価が高い症例の中には,ペア血清で抗PT-IgG抗体価が有意に上昇してくる症例も認められます。ペア血清で抗PT-IgG抗体価の有意上昇はなく,抗FHA-IgG抗体価だけが有意に上昇した場合は,ご指摘のようにパラ百日咳菌感染の可能性が高いと考えられますが,これだけではパラ百日咳感染症とは確定できないと考えます。パラ百日咳菌の正確な診断は,現時点では菌分離かPCRでの特異的遺伝子の検出のみで,血清診断はできないことを,ご確認下さい。
2018年から百日咳は全数把握対象疾患となり,検査での百日咳菌感染症の確定が求められています。ほぼ同時に出された「感染症法に基づく医師届出ガイドライン」(初版)3)には,「抗FHA-IgG抗体検査は,ほかの病原体との交差反応や百日咳含有ワクチンの影響を受けるため,届出のために必要な検査所見として適しておらず,同検査のみ陽性の場合は届出対象とはならない」と記載されています。また,「PCR法陽性の場合,百日咳以外のパラ百日咳菌等の類縁菌による感染症の可能性があるが,感染症法上の届出対象としてはBordetella pertussis感染症の場合のみである」とも記載されています。
次に,パラ百日咳菌であっても,IgM抗体およびIgA抗体検査で陽性になるのかどうかに関してです。IgM抗体測定キットの抗原は百日咳菌,血中総IgA抗体測定キットの抗原は百日咳菌のPTとFHAとされています。治験の段階ではパラ百日咳の症例は認められませんでしたが,キットの抗原の性状からは,パラ百日咳菌も検出している可能性は否定できないと考えます。
ご指摘のように抗FHA-IgG抗体を測定しないと,パラ百日咳菌など類縁菌による感染症を見落とす可能性はありますが,感染症法で医師に求められているのは百日咳菌感染症の確定ですので,百日咳の検査として抗FHA-IgG抗体を測定する意義は,あまり高くはないと考えます。パラ百日咳菌感染症の検査法も開発が検討されています。
【文献】
1) Cherry JD, et al:Text of Pediatric Infectious Diseases. 6th ed. Saunders, 2011, p1683-706.
2) Mattoo S, et al:Clin Microbiol Rev. 2005;18(2): 326-82.
3) 国立感染症研究所:感染症法に基づく医師届出ガイドライン(初版). 百日咳. 2018.
[https://www.niid.go.jp/niid/images/epi/pertussis/pertussis_guideline_180425.pdf]
【回答者】
岡田賢司 福岡看護大学基礎・基礎看護部門 基礎・専門基礎分野教授