感染症診療には、適切な診断に基づいた治療と感染対策を行うことがきわめて重要であり、ワクチンで予防できる疾患はワクチン接種により予防することが感染制御の基本である。現在問題となっている新型コロナウイルス感染症においても、実用的かつ信頼性のある診断法、有効な治療薬、ワクチンの開発が、感染症のコントロールを左右すると考えられている。
感染症には必ず原因となる微生物が存在することから、病因診断を行うことが臨床の現場では強く求められている。感染症の病因診断には病原微生物を分離・検出する微生物学的診断法、病原微生物の核酸を検出する遺伝子学的診断法や特異的な蛋白等を検出する抗原診断法、病原微生物に対する体液中の抗体を検出する血清学的診断法などがあり、日常臨床の中で頻用されているが、時としてこれらの検査を行っても生前には分からなかった感染症が病理解剖で判明したり、生検組織や摘出組織の病理検査で予想外の感染症が見つかったりすることを経験する。
本書の著者である堤寛氏は、実は筆者の大学時代の同級生であり、同じ硬式庭球部で生活を共にした間柄である。卒業後は病理医と小児科医という別々の途に進んだのだが、堤氏は感染症の病理学、病理学における感染症対策に造詣を深め、感染症学を専門としていた筆者と学会等でよく顔を合わせるようになったのである。
臨床医である筆者から見て、病理医である堤氏の最も素晴らしい点は、常に臨床に目を向けていて、患者さんの臨床的背景や臨床的所見を重要視した上で病理診断を進めていくところではないかと思っている。実際本書『感染症大全』では、堤氏がこれまで経験した多くの症例の中から、感染症診療を行う上できわめて示唆に富む症例、また少し別の意味で医学的あるいは社会的興味が湧く症例が厳選され、得意とする免疫染色を含む病理所見に十分な臨床的特徴を加えて紹介されている。
そのような本書は、感染症学や病理学の専門家が読んでも、また病気のことはあまり知らないという一般の方に読んでいただいても、それぞれに驚きと思わず納得してしまう面白さがある好著であることは間違いない。是非ご一読いただければ幸いである。