「実は薩摩太守の島津重豪侯、その御世嗣の島津斉彬侯、そして中津藩主の奥平昌高侯の御三方が揃って長崎屋へ御来訪なさり、シーボルト殿に葵の御紋服を2着贈ったのだと打ち明けたのです。御三方の通詞をされた大通詞の末永殿がその場で一部始終を見ていたので間違いありません」
平兵衛の告白に、土生玄昌は長崎屋で会った末永甚左衛門の尖った顎と、口を歪めながら喋る癖を思い出して息を呑んだ。
「その証言に手前は動揺しました」
と平兵衛は話をすすめた。
「御禁制品がなおも存在しては容易ならぬ事態を招きます。重豪侯の御息女茂姫様は公方様(家斉公)の御台様にあられます。まさか公方様の岳父たる重豪侯を召捕るわけには参りません。事が重大すぎるので手前は急ぎ江戸へ下り、主人の大草能登守様に侯の御紋服を差し出してありのままを打ち明けました。能登守様は大層愕かれ、さらに上の方々にご相談申し上げたのです。公儀のお歴々も事実を確認なされたのですが、まさか御三方をお縄にはかけられません。それに一族の主人が重罪を蒙ればその係累も罰せられるのが国是です。薩摩侯が国事犯とあれば公方様も連座するという妙な事態に陥ります。お歴々はなんとかして事を有耶無耶にして収めようと鳩首なさいました。その挙句、オランダ船の座礁を契機にあなた方ご父子の召捕りが始まったのです」。平兵衛は陽焼した首筋をさすって話を続けた。
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