HIVは,主としてCD4陽性Tリンパ球とマクロファージ系の細胞に感染するレトロウイルスであり,無治療例では免疫系が徐々に破壊されることで様々な日和見感染症を発症するようになる。病期は大別して急性感染期,無症候期,後天性免疫不全症候群(AIDS)期にわけられる。日本では23のAIDS指標疾患を発症した場合にAIDSと診断される。日本の患者数は,2018年末の時点ではHIV感染者2万836件,AIDS患者9313件で計3万149件と報告されている。
HIV感染症の診断には,4つのタイミング(①急性期症状発症時,②自発検査や術前検査等のスクリーニング時,③AIDS関連疾患発症時,④担当医が積極的に疑ったとき)がある。①では,症状は伝染性単核球症様の症状を発症することが多いため,伝染性単核球症を疑って検査し陰性であった際には,HIV感染症も念頭に置く。その際,HIV抗原抗体検査ではwindow periodにより偽陰性となる可能性に留意し,HIV RNA検査を実施する。③においては,最も発症頻度の高いニューモシスチス肺炎はしばしば特発性間質性肺炎と診断されることがあるため,患者背景等から総合的に判断し,HIV検査を適宜実施することが推奨される。また,2枝以上の病変を伴うような汎発性帯状疱疹や口腔カンジダもHIV感染を疑う機会となる。④に関しては,性感染症やHIVでみられやすい皮疹(脂漏性湿疹や好酸球性膿疱性毛包炎,尋常性疣贅等)や,血清膠質反応(ZTT,TTT)高値等を契機にHIV感染が判明することがある。特に,性感染症を診断した際には,HIV検査も同意取得の上,行うことが強く推奨される。
現在標準的に行われている抗レトロウイルス療法(ART)は,抗HIV薬を2剤あるいは3剤以上併用する必要がある。多剤併用によりHIVの増殖を効果的に抑制し,AIDSへの進行を防止することができる。一方,ARTにより体内からウイルスを駆逐するためには,少なくとも数十年間の治療が必要と考えられており,事実上治癒は困難である。生涯にわたる治療が必要となるため,最も重要なことは,患者に対し病態への理解を促し,無理のない投与設計をたてることである。以下にポイントを示す。
・無症候期においても,HIVは毎日100億個前後産生されており,CD4陽性Tリンパ球はHIVに感染し平均2.2日で死滅する。感染者の体内では日々ドラスティックなウイルスと免疫細胞のせめぎ合いが生じている。
・治療開始基準は,CD4陽性Tリンパ球数にかかわらず,すべてのHIV感染者にARTの開始を推奨する。
・HIV感染症の治療では,抗HIV薬を2剤あるいは3剤以上を併用した強力なARTを行う。
・治療は生涯に及ぶが,適切に治療することにより長期予後は改善されており,多くの患者が通常の生活を送ることが可能となることを理解させる。
・長期治療の中では孤独な闘いとなることもあるため,患者をサポートしてくれるようなキーパーソン,可能であれば親族に告知を勧める。
・CD4陽性Tリンパ球数とHIV RNA量を把握し,免疫不全の程度を把握する。
・日和見感染症の有無について診断する。発症している場合は適切に治療を行う。
・治療開始前にHIV耐性検査を実施し,耐性がないことを確認する。
・ARTは,保険診療では高額となり経済的負担が生じるため,身体障害者手帳や更生医療の手続きを進める。
・患者の職業(夜勤はあるか)や,嗜好品(飲酒により酩酊したりしないか,ドラッグの使用はあるか)をはじめとしたライフスタイル(起床・就眠時間,食事のタイミング,夜に出歩くか,休日は過眠傾向があるか等)を確実に把握する。
・併存疾患(糖尿病や高血圧,腎障害,肝炎の有無)や家族歴(心血管疾患等),服薬状況を確認する。
・ライフスタイルを勘案した上で,食事との関連やタイミング,併存疾患および治療内容,患者の希望を考慮し治療薬を選択する。
・ART開始後は,副作用や免疫再構築症候群(IRIS)チェック目的で,開始1カ月後に1度診察する。その後は状況に応じて3カ月ごとに再診とする。アドヒアランスが不良な場合は,1~2カ月に1回程度フォローアップする。
・治療目標は,治療開始6カ月後にウイルス増殖が抑制され(HIV RNA量<200コピー/mL,<20コピー/mLであればさらによい),維持されること。
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