前庭神経炎は,蝸牛症状(難聴・耳鳴・耳閉感)を伴わない末梢性(耳性)めまいで,単発性で,突発的な強い回転性めまいを特徴とする。上気道炎や感冒が7~10日前に先行することがしばしばで,前庭神経および前庭神経節細胞のウイルス炎症が本態であると考えられている。男性にやや多く,40~50歳代で好発する。
末梢性めまいの代表的な疾患で,めまいは突発性に発症し,強い回転性めまいが数時間持続,蝸牛症状の随伴がないのが特徴である。めまい発作時に悪心・嘔吐を伴う。回転性めまいは1~3日間でおさまるが,体動時のふらつき,頭重感が数週~数カ月間残存する。聴力検査は正常,通常,健側向きの方向固定性水平性の自発眼振,頭位眼振が認められることが多い。温度眼振検査で,患側の温度反応の低下もしくは無反応を示す。神経学的検査では,前庭神経以外の神経障害を認めない。
前庭神経炎の急性期には,強い回転性めまいとともに,悪心・嘔吐等の自律神経症状を随伴する。いわゆる「めまいの急性期治療」をまず実施する。すなわち,可能な限り入院治療とし,ベッド上安静,補液による水分補給とともに,末梢性めまいであること,重篤な中枢性めまいではないことを説明し,患者を安心させる。急性期の強いめまい感の抑制には,メイロン®(炭酸水素ナトリウム)点滴静注が有効であることが知られている。悪心・嘔吐に対しては,抗ヒスタミン薬,鎮吐薬,制吐薬を投与する。めまい感の制御として,抗めまい薬,抗不安薬,抗精神病薬を適宜投与する。副腎皮質ステロイドの投与については,急性期の前庭障害を軽減する効果を期待して投与を推奨する報告,あるいは,前庭障害が固定後の前庭代償を促進する可能性が報告されているが,一方で副腎皮質ステロイドの有効性を否定する報告もあり,現時点で評価は定まっていない。前庭神経炎では,前庭神経および前庭神経節細胞のウイルス感染が推察されているが,抗ウイルス薬の投与については明確なエビデンスがなく,推奨されていない。
前庭神経炎の急性期を過ぎたら,早期離床を図り,前庭代償を促進するために積極的なリハビリテーション(歩行訓練,平衡訓練)を開始する。慢性期のめまい(浮動性めまい)やQOLの改善には一定の効果が期待される。慢性期のめまい治療でも,抗めまい薬,抗不安薬は,必要に応じて継続する。
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