うつ病の中核症状である抑うつ気分は,多くの精神疾患,またいくつかの身体疾患・脳器質性疾患(甲状腺機能低下症,レビー小体型認知症など)でもみられる。うつ病の診断では,身体疾患を除外(ないしは同定)しつつ,うつ病に特徴的な精神症状,さらには身体症状の存在を確認する。うつ病発症の背景(心理・社会的ストレス,身体状況)は年齢によって異なることを念頭に置いて,患者が置かれた状況と発症との関係を評価する必要がある。なお,がんなどの重篤な身体疾患罹患でみられる心理的反応における抑うつ気分は,適応障害とされることが多い。
抑うつ気分(気分が落ち込む,ふさぎ込む,悲しくなる,気が滅入るなど)に加えて,何事にも興味や関心が持てなくなり,億劫で,今まで楽しみにしていたことも楽しめなくなることが主症状である。また,集中力や判断力が低下し,後ろ向きの考えにとらわれるようになる。さらには,自分がいるだけで周囲の迷惑になる,こうなったのはすべて自分に責任があるなどの考え(自責感)にとらわれるようになる。うつ病の診断では,こうした精神症状に加えて,不眠,食欲不振,易疲労性・全身倦怠感,頭重感などの身体症状の存在が重要である。
うつ病との鑑別が問題となる適応障害では,①明らかなストレス因に対する反応(うつ病では,発病と関連したストレス因はあってもなくてもよい),②抑うつ気分以外の症状はうつ病より少なく重症ではない(日常生活・社会生活の全般に支障をきたすことは少ない)などに着目する。パーソナリティの病理や発達障害特性を背景にした抑うつ気分は,周囲とのトラブルや不適応を契機にみられる。うつ病発症前から適応力に多少とも問題がみられ,対人関係が不安定ないしは乏しいことが多いが,抑うつ症状がうつ病の診断を満たすほど重症であればうつ病と診断可能である。双極性障害の抑うつエピソードとうつ病との鑑別は,精神科医にゆだねるべきである。
うつ病に特徴的な上記の精神症状,身体症状の存在を確認する。うつ病の発症は,若年者〜高齢者にわたるため,年齢に応じた背景を考慮する必要がある。うつ病発症に至った経緯に耳を傾け丁寧にたどることは,病態の把握にとどまらず,患者との信頼関係を構築する上で重要である。軽症であれば,薬物療法の受け入れ度,患者の治療への意向をふまえて,投薬を開始するか否かを決める。中等症以上であれば,治療が必要であることを説明し,休養とともに薬物療法を開始する。希死念慮が強い場合や妄想が存在する場合は,精神科病院への入院が求められることが多い。また,過去に躁状態の既往があれば,双極性障害の治療となるため,抗うつ薬単剤によるうつ状態の治療は避け,治療は精神科医療機関にゆだねる。
抗うつ薬の投与にあたっては,衝動性や攻撃性の亢進〔特に若年者(添付文書では24歳以下)〕により,希死念慮の増悪,自殺企図,暴力行為などがみられることがあるという点に留意する。したがって,抗うつ薬の投与は最低用量から開始し,慎重に漸増するのが原則である。投与にあたって,焦燥(イライラ感)や落ちつきのなさ,身の置きどころのなさなど情動の不安定化がみられた場合は,直ちに中止するよう患者および家族に説明しておく。
第一選択薬として用いられる選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)やセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)では,投与初期に消化器症状(嘔気・悪心,下痢など),ミルタザピンでは眠気がみられることが少なくない。あらかじめその可能性を伝え,減量するか,耐えうる程度であれば徐々に軽快することを伝えておくとよい。抗うつ効果の評価には,2週間~1カ月程度はかかるため,漸増が基本である。また,SSRIやSNRIが非鎮静的な抗うつ薬であることを考慮して,不眠に対してはベンゾジアゼピン受容体作動薬やトラゾドンなどを適宜処方する。
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