介護保険制度が施行されてから20年が経過した。制度創設時から大きく変化したのは、介護施設における医療ニーズが増加、多様化したことだ。多くの介護現場が悩む「医療へのアクセス改善」という課題を、デジタルの活用によって解決する医療サービスを立ち上げた青柳直樹氏に話を聞いた。
医学部を卒業後、千葉県にある地域の中核病院に勤務していた時に、介護施設からの入院や外来患者がとても多く、「どうしてこんなに悪化するまで連れてこなかったんだ!」「軽症で受診する必要がない高齢者をどうして病院まで連れてくるのだろう」と常に感じていました。しかし何度も繰り返される現状を目の当たりにし、何か根本的な問題があるのではないかと考えるようになりました。
その原因が知りたくて、介護施設の関係者による勉強会などに参加する中で、介護現場での医療サポートが十分でないという状況が分かってきたのです。
介護施設にも嘱託医はいますが、自分のクリニックを持っている場合が多く、施設に来るのは週に1回・半日だけというケースが一般的です。施設の職員が何か聞きたいことがあっても日中は診療で電話がつながりにくく、精神科や皮膚科など専門外のことになると「病院に行ったほうがいい」と言われてしまうこともあり、医師とのコミュニケーションに不満を感じている声が数多くありました。また高齢化の進展で、医療的な問題を抱えた入居者が増えてきていることに介護従事者の方たちが不安を抱いていることも分かりました。
そこで、デジタルを活用し介護従事者と医師をつなぐ医療相談サービスを始めることにしたのです。
我々が手掛けているのは日中オンライン医療相談と夜間オンコール代行という2つのサービスで、24時間医療へのアクセスを可能にしています。日中のオンライン医療相談は、介護施設のスタッフが医療対応で困ったことが生じた場合にチャットで相談できるというもので、当社の医師チームが回答します。写真や動画を送ることが可能で、チャット形式なので気軽に相談できるメリットがあります。回答結果は翌日レポートで送信しますので、施設内で共有することができます。
オンライン医療相談は介護施設の通院付き添いによるコストの削減やスタッフの負荷軽減、処置の迅速化などのメリットが期待できます。入所者にとっては重症化の予防につながりますし、通院にかかる時間や体力、医療費の負担を軽減する効果もあります。
夜間オンコール代行は、介護施設の看護師に代わって当社の看護師が夜間オンコールの対応を行うサービスです。最大の特徴は、オンコールの対応をすべて医師と看護師からなる医療チームが行っているところにあります。夜間オンコール対応は介護施設の看護師にとって大きな負担となります。
日本看護協会の調査(表)によると、特別養護老人ホームの91.6%が夜間オンコール対応をしていて、1カ月の平均待機は9.1回という現状があります。看護師の71%が「待機自体が負担」と回答しており、採用に当たっても、オンコール待機ありきでは人材確保に苦しむケースも多いようです。オンコール代行を導入した結果、看護師が退職を踏みとどまった実例もあり、施設運営面でもメリットを享受できるサービスという評価をいただいています。
現時点では約150施設で9月末には180施設になります。35の都道府県で導入実績があります。日中医療相談と夜間オンコール対応をセット利用していただくケースが大半です。
感染者が出た施設では医療処置をしている看護師が真っ先に感染してしまうケースが多く、医療対応が十分にできなくなるということで相談が増えています。こうした状況から茨城県とは、新型コロナウイルス感染症の陽性者が確認された県内の入所系福祉施設を対象に、日中のチャットによる医療相談サービスと夜間オンコール代行サービスの提供、サービスを利用するための施設職員向けのマニュアルの作成と提供、相談案件ごとに対応結果レポートの作成および施設への提供を実施する取り組みを行っています。
我々が目指しているのは、デジタルを活用して医療と介護の世界を持続可能な仕組みにしていきたいということに尽きます。現在は介護施設向けにサービスを提供していますが、今後は医療機関や地域を巻き込んですべてが連携していく仕組みを構築していきたいと考えています。高齢化によって医療を必要とする人が増えていく一方で、相対的に医療者は不足していきます。デジタルを活用することで地域や施設という枠組みを飛び越えて全国どこでも医療的なサポートを受けることができるようになります。地域包括ケアではなく、“全国包括ケア”とでもいうべき世界を構築していくサポートをしていきたいと考えています。